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《デルフトの家の中庭》

De binnenplaats van een huis in Delft
《デルフトの家の中庭》ピーテル・デ・ホーホ
Wikimedia Commons / ロンドン・ナショナル・ギャラリー / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ピーテル・デ・ホーホ
制作年
1658年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
73.5 × 60 cm
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赤と黄のれんがの家の中庭に、午後の日が差す。右では白い頭巾の女中が皿を手に、幼い少女と手をつないで石段に立つ。左のアーチの通路の奥には、黒と赤の服の女が背を向けて立ち、手前の敷石には桶と箒がある。

概要

《デルフトの家の中庭》は、オランダの画家ピーテル・デ・ホーホが1658年に描いた油彩の風俗画で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。館の記録では縦73.5センチ、横60センチのキャンバスで、所蔵番号はNG835。左の通路の柱の下に「P.D.H.」の署名と1658年の年記がある。館の第25室に展示されている。

画面の読み解き

館の解説によれば、静かな午後の日差しの中で、中庭は安らぎに満ちている。人物もみな動かない。右では身ぎれいで落ち着いた若い女中が小さな女の子の手を引いて石段に立ち、左の通路の奥には、おそらく子の母とみられる女の暗い姿が見える。母は自分の家の向かいの家々の方を向いている。アーチの上の石板は、かつてこの家の場所にあった女子修道院から移されたもので、「ここは聖ヒエロニムスの谷。忍耐と柔和に身を寄せたいなら。引き上げられたいなら、まず降りねばならない」と読めるが、意味ははっきりしない。デ・ホーホはその文字を葉のつるで繊細に覆い隠している。手前に置かれた箒と桶は、よく整えられた家庭の象徴であり、何よりも女中の存在を示す道具である。

技法・様式

館によれば、画面は二つに分かれている。左は強い垂直線と遠近法で描かれた家と通路で、古いれんがやアーチの石の一つ一つ、画面の幅いっぱいに広がる中庭の敷石の模様まで描き込まれる。右は建物のL字形に囲まれ、柵に絡むぶどうのつる、崩れかけた壁の白い粉、薪入れのぐらつく板が、自然から取った柔らかな線と色で、より自由に描かれている。デ・ホーホは母を家の改まった建築の部分に、女中と子を自然に近い場所に置いた。左の開いた赤い鎧戸と、右の石段の上の扉が呼応し、通路の奥の玄関は外の世界へつながっている。

来歴

館によれば、本作は1810年8月にアムステルダムで開かれたピーテル・デ・スメート・ファン・アルフェンの売り立てに出て、おそらくバッケルのために2075ギルダーで落札された。1825年にその未亡人からW. ブロントヘーストが1万750ギルダーでW. エマーソンのために買い、エマーソンは1833年より前にサー・ロバート・ピールに売った。1871年、ピールの収集とともに館が購入した。

意義

館によれば、本作はデ・ホーホの建築描写の腕を示すと同時に、家庭の安定における女性の役割を描いた作品でもある。17世紀のオランダでは仕事が家の外で行われるようになり、家は女性の領分となって、家庭と家族の切り盛りを説く小冊子が広く読まれた。最も人気を得たヤーコプ・カッツの『結婚』は女性に直接語りかける本で、デ・ホーホを含む一部の画家は、そうした理想を目に見える形で確かめ、励ます絵を描いた。それでも、つないだ手と女中と子が交わす視線は、厳しい教訓よりも愛と信頼を感じさせる。館は本作を、2009年にアイルランド国立美術館の「デルフトの三つの傑作」展、2011〜2012年にケンブリッジのフィッツウィリアム美術館の「フェルメールの女たち」展、2019〜2020年にデルフトのプリンセンホフ博物館の「ピーテル・デ・ホーホ――フェルメールの影から」展などに貸し出している。同じデルフトで活動したヨハネス・フェルメールの《小路》も、町の家の外の一角を描いた作品である。