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ルーカス・ファン・レイデンの肖像

自画像(1525〜1526年頃、ブラウンシュヴァイク、アントン・ウルリヒ公爵美術館)

Wikimedia Commons / Public domain
生没年
1494–1533年
国籍
北ネーデルラント
様式
北方ルネサンス
本DB収録 1 点

ルーカス・ファン・レイデン

Lucas van Leyden

1494年ごろにレイデンに生まれ、1533年に同地で没した北ネーデルラントの画家・版画家。9歳で銅版画を手がけたと伝わる早熟の才能で、1521年にアントウェルペンでデューラーと交わった。

略歴BIOGRAPHY

生涯

レイデンのラーケンハル美術館によれば、名の示すとおり1494年ごろレイデンに生まれた。ロッテルダムのボイマンス・ファン・ブーニンゲン美術館は生年を1489年か1494年とし、わずか9歳で銅版画を制作して売ったと伝える。父ヒューゴ・ヤーコプスゾーンと、同じ町のコルネリス・エンゲブレヒツゾーンに絵を学んだ。レイデンでの活動は1514年から1529年まで記録がある。1521年にアントウェルペンでアルブレヒト・デューラーと出会い、1522年に同地で親方として登録された「ルーカス・デ・ホランデル」はおそらく彼である。ミデルブルフにヤン・ホッサールトを訪ね、1522年か1527年に彼とフランドルを旅した。1533年にレイデンで没した。

様式

ベルリン絵画館の解説によれば、デューラーの版画から、師の後期ゴシックの技巧的な画風よりもはるかに決定的な刺激を受けた。ボイマンス美術館によれば、画家、銅版画家、木版画やステンドグラスの下絵の作者として活動し、版画にはデューラーとマルカントニオ・ライモンディの影響がみられる。ラーケンハル美術館は、イタリア・ルネサンスのラファエロの作品に着想を得て人体を申し分なく描くことに打ち込んだとする。

代表作

初期の風俗画《チェスの勝負》(ベルリン絵画館)、構図の似た《女占い師》(1509年頃、ルーヴル美術館)がある。ラーケンハル美術館によれば、1526年から翌年にかけて、材木商クラース・ファン・スウィーテンの子らの注文で、父を記念する三連祭壇画《最後の審判》を描き、レイデンのピーテルス教会に掛けられた。

影響

ラーケンハル美術館によれば、《最後の審判》は、イタリア・ルネサンスの影響がはっきりと見える最初期の祭壇画の一つで、1566年の聖像破壊の際に市の参事会が安全な場所へ移したため、ネーデルラントで破壊を免れた数少ない祭壇画として残り、1871年から同館の所蔵となっている。ベルリン絵画館は、オランダの画家伝の著者カレル・ファン・マンデルが、若くして没した彼を早熟の才能と称えたことを伝えている。

代表作MAJOR WORKS

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