
ベイエによる想像の肖像(1879年、アントウェルペン市文書館)
Wikimedia Commons / FelixArchief / CC0- 生没年
- 1460–1516年
- 国籍
- ヴェネツィア共和国
- 様式
- ヴェネツィア派
ヤコポ・デ・バルバリ
ヴェネツィア出身とされる画家・版画家。1500年の木版画《ヴェネツィア鳥瞰図》で知られる。同年からニュルンベルク、ヴィッテンベルクなどドイツの宮廷に仕え、晩年はネーデルラントで働いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、ヤコブ・ヴァルヒとも呼ばれ、出自ははっきりしない。ヴェネツィアの人とされるが、生まれによるのか移り住んだのかは分かっていない。生年について、同館は1450年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリーは1460年から1470年頃とし、没年は1516年かそれ以前とされる。ナショナル・ギャラリーは、1494年に初めてヴェネツィアを訪れたアルブレヒト・デューラーと知り合った可能性があるとする。大英博物館によれば、1490年代の終わりにヴェネツィアで活動し、1500年の後半からは北ヨーロッパに移った。1500年にはデューラーの故郷ニュルンベルクで皇帝の画家として働き、1503年までにはヴィッテンベルクでザクセン選帝侯フリードリヒ賢公に仕えた。1507年から1508年にはメクレンブルクとブランデンブルクに、その後は南ネーデルラントに移り、1510年頃にはメヘレンでブルゴーニュのフィリップとマルグリット・ドートリッシュのもとで働いた。
様式
ナショナル・ギャラリーによれば、1500年以降の年記をもつ絵画には、ヴェネツィアの影響とともに、デューラーやルーカス・クラナッハ(父)の作品を知っていたことが表れている。大英博物館によれば、木版画のすべてと最初期の銅版画のいくつかはイタリアで作られたが、銅版画の多くは北ヨーロッパで作られた。
代表作
1500年の木版画《ヴェネツィア鳥瞰図》、トロンプ・ルイユの最も早い静物画の一つとされる《ヤマウズラと籠手のある静物》(1504年、アルテ・ピナコテーク)、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《ハイタカ》(1510年代)、ワシントン・ナショナル・ギャラリーなどが所蔵する銅版画《マルスとヴィーナス》《二人の哲学者》がある。
影響
アルテ・ピナコテークはヤコポをデューラーの友人と呼ぶ。モルガン・ライブラリー&ミュージアムによれば、ヤコポはザクセンの宮廷でクラナッハの前任者にあたり、静物画という分野を開いた画家とみなされることが多い。1504年にフリードリヒ賢公の宮廷画家となったクラナッハが描いた死んだヤマウズラの水彩は、ヤコポの先行する同じ主題の水彩に触発された可能性があるという。