
ルーカス・クラナッハ(子)(帰属)《ルーカス・クラナッハ(父)の肖像》1550年、板に油彩、ウフィツィ美術館。銘に「77歳」とあり、かつては自画像とされた
Wikimedia Commons / ウフィツィ美術館 / Public domain- 生没年
- 1472–1553年
- 国籍
- ドイツ
- 様式
- 北方ルネサンス
ルーカス・クラナッハ(父)
1472年頃にフランケン地方のクローナハで生まれ、1553年にヴァイマルで没したドイツの画家・版画家。ザクセン選帝侯の宮廷画家を務め、宗教改革者ルターの友として多くの肖像を残した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
英語版ウィキペディアによれば、1472年頃、フランケン地方北部のクローナハに生まれ、画家の父ハンス・マーラーに素描を学んだ。のちに生地の名を姓とした。1504年、ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公に宮廷画家として召し抱えられ、ヴィッテンベルクに住んで、以後生涯にわたり歴代の選帝侯に仕えた。1508年、選帝侯から、署名に代えて作品に記す翼のある蛇の紋章を授かる。宗教改革者マルティン・ルターと親しく、その婚約の祝いに立ち会い、長子の名付け親となった。ヴィッテンベルクの市長も2度務めている。1547年に選帝侯ヨハン・フリードリヒがミュールベルクの戦いで捕らえられると、のちにアウクスブルクで捕らわれの選帝侯のもとに身を寄せ、1552年に共に帰った。1553年10月16日、ヴァイマルで没した。
様式の変遷
大きな工房を率い、祭壇画や肖像画、木版画や銅版画から選帝侯領の貨幣の意匠まで手がけた。はじめはカトリックの伝統に沿った宗教画を描き、のちにルター派の信仰を伝える新しい図像を探った。神話や聖書に取材した裸体像は生涯描き続け、多くの作品が複数の版で伝わる。
代表作
現存最古の作とされる《エジプトへの逃避途上の休息》(1504年)、ルターの肖像の数々、《若返りの泉》(1546年、ベルリン絵画館)が知られる。
影響
英語版ウィキペディアによれば、同時代のドイツで最も成功した画家とみなされてきた。ルターのドイツ語訳聖書に木版の挿絵を提供し、ルターの著作の印刷にも工房の印刷機が使われた。息子のルーカス・クラナッハ(子)らは、父の死後も数十年にわたって、その作品の版を作り続けた。