
ヴァザーリ『芸術家列伝』(1568年版)の肖像版画
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1370–1427年
- 国籍
- 教皇領
- 様式
- 国際ゴシック
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ
1370年頃にイタリア中部マルケ地方のファブリアーノで生まれ、1427年にローマで没した画家。北・中部イタリアの宮廷とフィレンツェで活動し、金銀の箔を駆使した華麗な祭壇画で国際ゴシックを代表する。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ウフィツィ美術館によれば、1370年頃にファブリアーノで生まれ、1427年にローマで没した。イタリア文化省の目録は本名をマッシとする。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、マルケ地方のファブリアーノに生まれ、はじめヴェネツィアで働いたが、初期のフレスコ画は失われた。ウフィツィ美術館によれば、中部と北部イタリアの宮廷の華やかさを経験したのち、1420年にフィレンツェへ来た。ナショナル・ギャラリーによれば、1422年までにフィレンツェの画家の同業組合に加わって工房を開き、のちにローマで教皇マルティヌス5世のために働いた。
様式の変遷
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、いわゆる国際ゴシック様式の代表者とされ、絵は優美で洗練されている。画面を一つにまとめる光の使い方は、マザッチオに先んじていた。ウフィツィ美術館は、金箔や銀箔を扱う高度な技術による、これ見よがしの豪華さと透き通るような表面を特徴に挙げる。国際ゴシックに典型的な多くの装飾とあふれるような衣の襞に、床の敷物の光の階調や大胆な短縮法など、フィレンツェで流行していたルネサンスの新しさが加わった。
代表作
ウフィツィ美術館の《東方三博士の礼拝》(1423年)と、サン・ニッコロ・オルトラルノ聖堂の主祭壇のための《クァラテージの多翼祭壇画》(1425年)が、フィレンツェでの活動の頂点とされる。後者は分割され、中央の《聖母子》はロンドン・ナショナル・ギャラリー、4人の聖人はウフィツィ美術館にある。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、フィレンツェで若いヤコポ・ベッリーニを教えたとみられる。ウフィツィ美術館の2012年の展覧会「黄金の輝き」は、ジェンティーレを、ロレンツォ・モナコやロレンツォ・ギベルティ、フラ・アンジェリコとともに、ゴシックの時代のフィレンツェを彩った巨匠の一人として紹介した。