
ヴァザーリ『画家・彫刻家・建築家列伝』(1767年版)の肖像版画
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1370–1424年
- 国籍
- フィレンツェ共和国
- 様式
- 後期ゴシック(国際ゴシック)
ロレンツォ・モナコ
1370年ごろに生まれ、1424年ごろに没したフィレンツェの画家。本名ピエロ・ディ・ジョヴァンニ。修道院に入って「モナコ(修道士)」と呼ばれ、15世紀初めのフィレンツェで後期ゴシックの絵画を代表した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
J・ポール・ゲティ美術館の画家紹介によれば、1370年ごろに生まれ、1423年か1424年に没した。本名はピエロ・ディ・ジョヴァンニで、フィレンツェのサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ修道院に入って1年後にロレンツォの名を名乗った(「モナコ」はイタリア語で修道士の意)。ウフィツィ美術館によれば、フィレンツェで1391年から1422年まで記録があり、カマルドリ会の同修道院に暮らした。ゲティ美術館によれば、晩年には修道院の外に大きな工房を構え、しばしばほかの画家と共同で制作した。
様式
ゲティ美術館によれば、15世紀の最初の四半世紀のフィレンツェで最も重要な画家の一人で、柔らかく肉づけした人物と、金地に映える明るく鮮やかな色を特徴とする。主に板絵の画家として知られるが、フレスコも描き、写本の挿絵の図案も手がけたと考えられている。ウフィツィ美術館は、細身の体と洗練された衣の線によって、聖人たちの思いに沈む顔に超越的な精神性を引き出した、フィレンツェの後期ゴシックの第一人者とする。
代表作
ウフィツィ美術館の《聖母戴冠》(1414年)は、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ修道院の主祭壇のために描かれた大祭壇画である。同館の《東方三博士の礼拝》(1420年頃)も知られる。
影響
ウフィツィ美術館によれば、写本の挿絵の画家としてもよく知られ、自らの絵画の言語をカマルドリ会の霊性に役立てた。同館では、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの作品と同じA7室に並ぶ。