- 生没年
- 1255–1318年
- 国籍
- シエナ共和国
- 様式
- ゴシック
ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ
1255年頃に生まれ、1318年にシエナで没した画家。ビザンティンの伝統にゴシックの優美さと細やかな感情を重ね、シエナ派の父とされる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
イタリア文化省の目録によれば、1255年頃の生まれ。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、1278年までにシエナで活動を始め、画業のほとんどをこの町で過ごした。中世の芸術家としては珍しく、多くの記録が残っている。ウフィツィ美術館によれば、1280年代の初めにはフィレンツェの画家チマブーエとともに働いていたとみられ、1285年にはフィレンツェの同信会から《ルチェッライの聖母》を請け負った。シエナ大聖堂事業団によれば、1287年から1290年に大聖堂の内陣の上の円窓のステンドグラスを手がけ、1308年から1311年には主祭壇の《マエスタ》を描いた。メトロポリタン美術館によれば、1318年にシエナで没した。
様式の変遷
メトロポリタン美術館によれば、初期の作品はビザンティンの先例に深く負っているが、1295年から1300年頃を境に、空間への関心と人間の感情の探究が強まっていく。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、ピサーノ父子の彫刻とフランスのゴシックの金工からも深い影響を受けたとし、線と色と文様による装飾性と強い表現力を併せ持つが、年下のジョットほど量感には関心を向けなかったとする。
代表作
《ルチェッライの聖母》(1285年頃、ウフィツィ美術館)、両面に描かれたシエナ大聖堂の《マエスタ》(1308〜1311年、シエナ大聖堂付属美術館)が知られる。大聖堂事業団によれば、《マエスタ》の正面には天使と聖人に囲まれた玉座の聖母子、背面には26の場面でキリストの受難が描かれている。
影響
メトロポリタン美術館は、ドゥッチョをシエナ派の父とし、ジョットと並ぶ西洋絵画の創始者の一人とする。叙情と洗練された色彩をヨーロッパの絵画にもたらし、並ぶ者のない物語の語り手でもあった。《マエスタ》はのちのシエナの画家すべての手本となり、シモーネ・マルティーニはその叙情的な面を推し進めた。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、ドゥッチョは大きな工房を率いて何世代ものシエナの画家を育て、弟子たちはフィレンツェの美術にも影響を与えた。