- 生没年
- 1240–1302年
- 国籍
- フィレンツェ共和国
- 様式
- ゴシック
チマブーエ
1240年頃にフィレンツェで生まれ、1302年頃に没した画家。本名はチェンニ・ディ・ペーポ。ビザンティンの伝統を土台に、自然らしい形と空間を探り、13世紀のフィレンツェで最も重要な画家とされる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ルーヴル美術館によれば、1240年頃にフィレンツェで生まれ、1301年から1302年に、おそらくピサで没した。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、本名はチェンニ・ディ・ペーピで、1272年にローマで「フィレンツェの画家」として初めて記録に現れる。ウフィツィ美術館は、13世紀のフィレンツェで最も重要な画家とし、トスカーナのほか、ローマ、アッシジ、ボローニャでも活動したとする。記録で確かめられる唯一の作品は、1301年から1302年のピサ大聖堂の後陣のモザイク《福音書記者聖ヨハネ》である。
様式の変遷
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、その作品は、イタリアの画家たちがなおビザンティン絵画の影響を受けながら、形の自然な描写と三次元の空間を探りはじめた、美術史の決定的な時期を示す。ウフィツィ美術館は、晩年の《サンタ・トリニタの聖母》で、画家が弟子ジョットのもたらした新しさを、ビザンティン寄りの伝統と調和させようとしたとみる。
代表作
《サンタ・トリニタの聖母》(1290〜1300年頃、ウフィツィ美術館)、ピサのサン・フランチェスコ聖堂から移された《荘厳の聖母》(13世紀第4四半期、ルーヴル美術館)、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の壁画、いまは損なわれたフィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂の《磔刑像》が知られる。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの小さな板絵《聖母子と二人の天使》は、2000年に再発見された。
影響
ヴァザーリは1568年の『芸術家列伝』の最初の伝記をチマブーエにあて、絵画に最初の光をもたらした画家とした。同時代のダンテは『神曲』煉獄篇第11歌で、チマブーエは絵画の覇者であると信じていたが、いまはジョットが名声を得ていると詠んでいる。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、年下のドゥッチョとジョットとともに、初期イタリア・ルネサンスを切り開いた画家の一人とする。