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アルブレヒト・アルトドルファーの肖像

アルブレヒト・アルトドルファーの肖像版画、レーゲンスブルク大学レーゲンスブルガー・ポートレートギャラリー

Wikimedia Commons / レーゲンスブルク大学 / Public domain
生没年
1480–1538年
国籍
神聖ローマ帝国(レーゲンスブルク)
本DB収録 1 点

アルブレヒト・アルトドルファー

Albrecht Altdorfer

略歴BIOGRAPHY

生涯

1480年頃、おそらくドイツ南東部のレーゲンスブルクに生まれた。父ウルリヒも画家で、主に写本の挿絵を手がけている。現存作に羊皮紙へ描いたものが複数あることから、アルトドルファー自身も写本挿絵から出発したと考えられる。1491年に一家はアンベルクへ移るが、のちにレーゲンスブルクへ戻った。1505年には同市でマイスターとして登録され、20代半ばには独立している。1515年頃には、アルブレヒト・デューラーらとともに神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の『祈祷書』の装飾に加わった。1519年から市の参事会員などの要職に就き、1526年には市の建築家に任命される。1528年には市長就任を要請されたが、制作が忙しいことを理由に辞退した。このとき手がけていたのが《アレクサンダー大王の戦い》である。1538年2月12日、レーゲンスブルクで没した。

様式の変遷

初期の《森の中の聖ゲオルギウス》(1510年)のように、深い森や谷の描写に人物を小さく置く画面を得意とした。ドナウ川流域とアルプスの風景に取材し、細かな筆で樹木や岩肌を織物のように描き上げる描き方は、同じ地域の画家たちとともに北方ルネサンスのドナウ派と呼ばれる。1520年代には《城のある風景》のように、人物をまったく置かない風景そのものの絵を描いており、西洋で純粋な風景画を成立させた最初期の例とされる。絵画のほか版画、写本挿絵、建築にも携わった。

代表作

《アレクサンダー大王の戦い》(1529年、ミュンヘンのアルテ・ピナコテーク)のほか、《森の中の聖ゲオルギウス》(1510年、同)、《聖母マリアの誕生》(1520年頃、同)、《スザンナと長老たち》(1526年、同)、《修道院を去る聖フロリアヌス》と《聖フロリアヌスの殉教》(1518〜1520年頃、ウフィツィ美術館)、《聖母に別れを告げるキリスト》(1520年頃、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)が知られる。

影響

人物を風景の中に溶かし込む画面は、ヴォルフ・フーバーらドナウ派の画家に受け継がれた。没後は長く忘れられていたが、19世紀から20世紀にかけて、自然の力を主題とする画家としてロマン主義や表現主義の先駆と位置づけられ、再評価された。

代表作MAJOR WORKS

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