《カラスのいる麦畑》
- 作者
- フィンセント・ファン・ゴッホ
- 制作年
- 1890年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 50.5 × 103 cm
- 所蔵
- ファン・ゴッホ美術館 (s0149V1962)
- 時代
- 世紀末〜ポスト印象
- 流派
- ポスト印象派
横長の画面いっぱいに、黄金色の麦畑が風に揺れる。その上に暗い青の空が重く垂れ込め、黒いカラスの群れが飛び交う。手前から延びる赤土の道は、緑の草の帯にはさまれたまま、麦の中で途切れている。
概要
《カラスのいる麦畑》(蘭: Korenveld met kraaien)は、オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホが、1890年7月にフランスのオーヴェール=シュル=オワーズで描いた油彩の風景画である。縦50.5センチ、横103センチのキャンバスで、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館が所蔵する。所蔵館によれば、ゴッホの最も有名な作品の一つで、彼の最後の作品だとしばしば言われる。脅かすような空やカラス、行き止まりの道は、近づく生涯の終わりを指していると語られてきた。しかし所蔵館は、それは根強い神話にすぎず、ゴッホはこの絵のあとにも何点かの作品を描いていると説明する。
画面の読み解き
所蔵館によれば、ゴッホはこの絵で力強い色の組み合わせを用いた。青い空は黄色がかったオレンジの麦と対比をなし、道の赤は、両脇の緑の草の帯によっていっそう強められている。横に長い画面の上半分を暗い空が占め、その下で麦畑が左右に大きく広がる。三本の道のうち中央の一本は、麦の中で行き止まりになっている。
技法・様式
所蔵館の書簡全集によれば、ゴッホは1890年7月10日ごろ、パリの弟テオとその妻ヨーに宛てた手紙898で、オーヴェールに戻ってから、筆が手から落ちそうになりながらも、さらに3点の大きなキャンバスを描いたと書いた。それは「荒れた空の下の、果てしなく広がる麦畑」で、「悲しみ、極度の孤独」を表そうとしたという。「極度の孤独」の語は、あとから書き加えられた。全集の注は、その描写から、ここで言われているのは《荒れ模様の空の下の麦畑》と本作である可能性が最も高く、どちらも三点目の《ドービニーの庭》と同じ判型だとしている。
来歴
所蔵館によれば、1890年7月半ばすぎからパリの弟テオのもとにあり、1891年1月25日にテオが没すると、妻ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルと息子フィンセント・ウィレムが相続した。1931年からアムステルダム市立美術館に貸し出され、1962年にフィンセント・ウィレムがフィンセント・ファン・ゴッホ財団に移した。1973年6月2日に開館した国立フィンセント・ファン・ゴッホ美術館に長期で貸与され、1994年からファン・ゴッホ美術館にある。作品頁には、現在は修復中のため展示されていないと記されている。
意義
所蔵館によれば、ゴッホは嵐の空の下の麦畑で「悲しみ、極度の孤独」を表そうとする一方で、田園について自分が健やかで力づけられると考えるものも示したいと望んでいた。手紙でも彼は、これらのキャンバスが、言葉では言えないこと、田園の健やかで力づけるものを伝えてくれるだろうと書いている。2023年にはファン・ゴッホ美術館の「オーヴェール=シュル=オワーズのファン・ゴッホ 最後の数か月」展に出品され、同年から翌年にかけてパリのオルセー美術館にも巡回した。