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《ヤマウズラのいる麦畑》

Korenveld met patrijs
《ヤマウズラのいる麦畑》フィンセント・ファン・ゴッホ
Wikimedia Commons / ファン・ゴッホ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
フィンセント・ファン・ゴッホ
制作年
1887年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
53.7 × 65.2 cm
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青い空に白い雲が流れ、手前の刈り跡の黄色い地面の向こうに、風にそよぐ麦の穂波が横一列に広がる。麦のあいだには赤いヒナゲシや青いヤグルマギクがのぞき、その上を一羽の鳥が飛び立っていく。

概要

《ヤマウズラのいる麦畑》は、オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホが1887年の6月から7月にパリで描いた油彩の風景画で、アムステルダムのファン・ゴッホ美術館が所蔵する。館の記録では、カンヴァスに描かれ、縦53.7センチ、横65.2センチ、額を含めると縦71.5センチ、横82.5センチ。所蔵番号はs0197V1962で、館に展示されている。英語では長く《ヒバリのいる麦畑》の題で知られてきたが、館は飛び立つ鳥をヤマウズラとし、題を「ヤマウズラのいる麦畑」としている。

画面の読み解き

館の解説によれば、波打つ麦のあいだにヒナゲシとヤグルマギクが見え、一羽のヤマウズラが畑から現れて飛び去っていく。この絵を見ていると、すぐそばに畑があるかのように感じられるが、それは低い視点から描かれているためである。画面では、下の四分の一ほどを刈り跡の残る黄色い地面が占め、その向こうに、黄緑と緑の麦が風に吹かれて右へなびきながら横一列に広がる。麦のあいだには赤いヒナゲシの点が散り、上半分の空には、青と白の短い筆触で雲が描かれている。英語版ウィキペディアは、下半分を一部が刈り取られた麦畑とし、鳥が画面の左上へ向かって飛び立っているとする。

技法・様式

画面全体は、方向を変えながら置かれた短く細い筆触で埋められている。麦の穂は斜めの線の重なりで、空は横に流れる青と白の線で表され、地面の黄色、麦の緑、空の青が水平の帯となって重なっている。館によれば、ゴッホはパリに移る前、農村の暮らしを主な主題としていた。人の多い都会パリに暮らしながら描いたこの田園の麦畑は、画家にとって、その主題へのつかのまの立ち返りだった。

来歴

館の記録によれば、ゴッホは1887年6月半ばから7月半ばのあいだに、本作をパリの弟テオの住まいに残した。1891年1月25日にテオが亡くなると、その妻ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルと息子フィンセント・ウィレムが相続し、1925年に亡くなるまでヨーが管理した。1917年から1919年にはアムステルダム国立美術館に貸し出されている。1962年にフィンセント・ウィレムからフィンセント・ファン・ゴッホ財団に移り、市立美術館への貸し出しを経て、1973年の開館以来ファン・ゴッホ美術館に置かれている。

意義

館の展覧会歴によれば、本作は日本でもたびたび公開されてきた。1976年から1977年に東京の国立西洋美術館、京都国立近代美術館、名古屋を巡った展覧会、2010年から2011年に東京の国立新美術館、太宰府の九州国立博物館、名古屋市美術館を巡った展覧会、2012年から2013年にハウステンボス、京都市美術館、宮城県美術館、広島県立美術館を巡ったパリ時代のゴッホの展覧会に出品されている。2025年には同館で開かれたアンゼルム・キーファーとの展覧会にも並んだ。