《ワトソンと鮫》
波立つ港の海で、裸の少年があおむけに浮かび、ボートへ腕を伸ばす。右から大きく口を開けた鮫が迫り、舳先では若者が銛を振りかざす。船乗りたちは身を乗り出して少年に手を差しのべ、綱を投げる。
概要
《ワトソンと鮫》(英: Watson and the Shark)は、ジョン・シングルトン・コプリーが1778年に描いた油彩画である。縦182.1センチ、横229.7センチ。ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。所蔵館によれば、1749年、キューバのハバナ港で14歳のブルック・ワトソンがどう猛な鮫に襲われ、救い出された実際の出来事にもとづく。同じ年のロイヤル・アカデミー展に、「ボートの船乗りたちに救われる、鮫に襲われた少年。ハバナの港で実際に起きた出来事にもとづく」という題で出品された。英雄や王ではなく一人の少年の災難を大画面の歴史画に仕立てた、ロマン主義の先ぶれとされる作品である。
画面の読み解き
波立つ緑の海で、裸の少年ワトソンがあおむけに浮かび、右腕を伸ばしてボートに助けを求める。所蔵館によれば、少年はすでに鮫に右脚の一部を奪われ、恐怖とおびえに捕らえられている。右からは大きな口を開けた鮫が迫り、ボートの舳先では、長い髪の若者が銛を高く振りかざして鮫を突こうとする。舟べりでは二人の船乗りが身を乗り出して少年に手を伸ばし、年配の男たちがそれを支え、見守る。舳先の後ろに立つ黒人の船乗りは、少年へ投げた綱を握って見つめる。背景には、ハバナの港に停泊する帆船と町並みが広がる。
技法・様式
所蔵館によれば、左中央、ボートの内側に「JSCopley.P.1778-」の署名と年記がある。ティッセン=ボルネミッサ美術館によれば、植民地時代のボストンで肖像画家として名を上げたコプリーは、1774年にイギリスへ渡って住みつき、大画面の歴史画にますます関心を寄せるようになった。本作は、ロンドンに移ってまもないコプリーが、実際に起きた劇的な出来事を題材に手がけた大画面の歴史画である。
来歴
JSTOR の記事によれば、本作はワトソン自身がコプリーに依頼したものと考えられている。ワトソンは片脚を膝から失いながらも、のちに商人、軍人、政治家として成功し、ロンドン市長やロイズの会長を務めた。死に際して、恵まれない子どもたちのための寄宿学校クライスツ・ホスピタルに本作を遺贈し、「若者への最も有益な教訓」となることを願った。所蔵番号1963.6.1。コプリーは同じ主題の別の版も描いており、ボストン美術館とデトロイト美術館が所蔵する。
意義
同時代の無名の少年の遭難と救出を、古典的な歴史画と同じ大きさで描いた本作は、恐怖に満ちた一瞬を、救おうとする人々の身ぶりとともに描き止めている。同時代の事件と、極限に置かれた人間の姿を大画面に描く試みは、のちのロマン主義の画家たちが好んで取り上げる主題の先がけとなった。