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ジョン・シングルトン・コプリーの肖像

《自画像》1780年頃、ナショナル・ポートレート・ギャラリー(ワシントン)

Wikimedia Commons / ナショナル・ポートレート・ギャラリー / Public domain
生没年
1738–1815年
国籍
イギリス
様式
肖像画・歴史画
本DB収録 1 点

ジョン・シングルトン・コプリー

John Singleton Copley

1738年に英領北アメリカのボストンに生まれ、1815年にロンドンで没した画家。植民地の富裕な人々の肖像画で頂点に立ち、ロンドンに移ってからは大画面の歴史画で名声を得た。

略歴BIOGRAPHY

生涯

ティッセン=ボルネミッサ美術館によれば、ボストンかその近郊に生まれ、1727年にイングランドから移り住んだ画家で版画家の継父ピーター・ペラムによって美術の世界に導かれた。1750年頃の作品にはジョゼフ・ブラックバーンの影響がみられ、1753年に最初の胸像の肖像画を描き、1764年からは全身像にも取り組む。1765年には、異父弟ヘンリー・ペラムを描いた《リスを抱く少年》をロンドンの芸術家協会の展覧会に送り、ジョシュア・レノルズとベンジャミン・ウェストに称賛された。メトロポリタン美術館によれば、1760年までに植民地で随一の画家となり、1774年までその地位を保った。1771年にはニューヨークにも移り住み、1774年に故郷を離れてロンドンへ向かった。同年の夏にローマで古い巨匠を学んだのち、生涯をロンドンで送り、1815年に没した。

様式

メトロポリタン美術館によれば、ボストンとニューヨークの商人たちのために、油彩、パステル、細密画で英国風の肖像を描いた。その絵は上質の家具や工芸品とともに邸宅を飾り、持ち主の社会的な地位と自己像を示すものとなった。アメリカ独立革命の前夜に顧客たちの世界が崩れると、ロンドンへ移り、肖像画を描き続けながら、大画面の歴史画にも取り組んだ。

代表作

《リスを抱く少年》(1765年、ボストン美術館)、《ワトソンと鮫》(1778年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)、《ジブラルタルの包囲》、《ピアソン少佐の死》が知られる。

影響

メトロポリタン美術館によれば、《ジブラルタルの包囲》の批評上の成功と大画面の場面画によって、コプリーはイギリスを代表する画家の一人となり、ロイヤル・アカデミーの会員として王室の庇護も受けた。技量と社会を見る目を兼ね備え、二つの大陸と異なる政治の状況のもとで、大西洋の両側で肖像画のあり方を塗り替えた画家とされる。

代表作MAJOR WORKS

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