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《聖マルティンのワイン祭り》

El vino de la fiesta de San Martín
《聖マルティンのワイン祭り》ピーテル・ブリューゲル
Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ピーテル・ブリューゲル(父)
制作年
1566–1567年
素材
キャンバス(綾織り) / テンペラ(膠)
寸法
148 × 270.5 cm
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赤い大樽のまわりに人々が押し寄せ、器を差し出して葡萄酒を奪い合う。左では酔いつぶれた人々が倒れ込み、右では白い馬に乗った聖マルティンが外套を裂いて物乞いに分け与える。

概要

《聖マルティンのワイン祭り》は、ネーデルラントの画家ピーテル・ブリューゲル(父)が1566年から1567年に描いた大きなカンヴァス画で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。館の記録では、綾織りの布に膠を媒材とするテンペラで描かれ、縦148センチ、横270.5センチ。所蔵番号はP008040。画面の左下に「BRVEGEL」の署名がある。

画面の読み解き

館の解説によれば、画面は、ガチョウのごちそうや豚の屠殺、葡萄酒のふるまいで祝われた聖マルティンの日の葡萄酒の祭りを描いている。中央には、木の足場の上に赤く塗られた巨大な葡萄酒の樽が置かれ、そのまわりに百人ほどの人々が群がる。左には酒の効き目が明らかな人々がいて、なかには吐いている者もいる。右では、聖マルティンが外套を裂いて分け与えており、その慈愛の場面は、より安定したピラミッド形の群れとして描かれる。画面では、白い馬に乗った聖人のそばに、杖をついた物乞いたちが集まっている。

技法・様式

館によれば、本作は宗教的な構図でも祈りのための作品でもなく、かといって風俗画でもない。描かれているのは、当時のフランドルとゲルマン語圏で行われていたとおりの聖マルティンの祭りである。図像の先例は、スペインの国有財産庁(パトリモニオ・ナシオナル)が所蔵するタペストリーで知られる、ボスの絵に見いだされるという。館は、プラドで撮ったX線写真によって筆の運びがよりよく分かるようになったとし、表面の絵具が剥落した箇所の多くは比較的軽いものだと記している。

来歴

館の記録によれば、本作は1626年以前にマントヴァ公ゴンザーガ家の収集にあった可能性があり、1662年以前にヴェローナのムセッリ家の収集を経て、1702年以前には第9代メディナセリ公ルイス・フランシスコ・デ・ラ・セルダ・イ・アラゴンの手にあった。その後はメディナセリ家に伝わり、2010年までスペインの個人の収集にあった。館の解説によれば、本作は1980年にマティアス・ディアス・パドロンの論文で取り上げられるまでほとんど知られておらず、実物を見ていなかった著者は子のピーテル・ブリューゲルの作とした。2010年9月24日の館の発表によれば、プラド美術館は数か月の調査と修復を経て本作を父ブリューゲルの作と認め、文化大臣アンヘレス・ゴンサレス=シンデが、館による取得の意向とともにこの発見を発表した。

意義

館の発表によれば、本作は主題の点でも構図のまとめ方の点でも唯一の作品である。ブリューゲル(父)の真筆は、本作が現れる前には40点しか残っていなかったため、その発見はきわめて重要で、国際的な関心を集めるものだという。スペインにある作品はプラドの《死の勝利》だけだったので、本作の購入によってその数は倍になる。館の解説は、本作が、ブリューゲルもその考えを共有していた宗教改革の重要な時期に描かれたもので、暴食が大罪の筆頭となる、聖人の祝日をめぐるエラスムスの風刺も考え合わせるべきだとし、聖マルティンの慈愛と、その名を冠した祭りの乱痴気騒ぎとの対比を読み取っている。