《醜女の肖像》
緑の地を背に、角のように張り出した頭飾りをつけ、胸元を大きく開けたドレスの老女が、大理石の手すりに手を置く。くぼんだ目、上向きの鼻、こぶのような額と四角いあごの彼女は、赤いバラのつぼみをそっとつまんでいる。
概要
《醜女の肖像》(英: An Old Woman ('The Ugly Duchess'))は、フランドルの画家クエンティン・マサイスが1513年頃に描いた油彩画である。縦62.4センチ、横45.5センチのオーク材の板絵で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。若作りの老人を笑う風刺の肖像で、館は所蔵品の中でも最も目を引く顔の一つとする。
画面の読み解き
ロンドン・ナショナル・ギャラリーの解説によれば、老女は眼窩の奥に生き生きとした目をのぞかせ、上向きの鼻、大きな鼻孔、吹き出物の肌、毛の生えたほくろ、突き出た額と四角く目立つあごをもち、大理石の手すりに片手を置く。首は年老いてたるみ、歯はすべて失われたようにみえる。年配の女性に求められた慎みに背いて、胸元の開いたきつい胴着で皺の寄った胸を強調し、髪は心臓形の帽子の角の中に隠して、白いヴェールを宝石のブローチで留める。だが本作が描かれたころには、その服装は何十年も時代遅れで、角のある頭飾りは女性の虚栄を表す決まった図像となっていた。右手には、愛と若さを象徴する赤いバラのつぼみを持つ。
技法・様式
館によれば、技術調査で本作が模写ではなく原作であることが確かめられた。赤外線写真では入念な顔の下描きと自由な衣服の下描きが見え、目は二度描かれて少し上と右へ移され、あごや首、右耳は下描きより小さく描かれた。絵具を濡れたうちに重ねてぼかし、羽毛のようにのばして調子の移り変わりを和らげる技法は、マサイスに特有のものとされる。耳の近くの髪や袖口の刺繍では、乾く前の絵具をひっかいて下の層を見せるグラッフィート(掻き落とし)が使われ、ブローチには少なくとも5種の色が重ねられている。
来歴
館によれば、本作は少なくとも1645年頃までアントウェルペンにあったとみられ、その年ヴェンツェスラウス・ホラーが対の《老人》とともにエッチングで複製した。1809年にパリで競売にかけられたのち、イギリスのシーモア家に伝わり、1920年のクリスティーズの競売で880ポンドで売られて、画家で画商のヒュー・ブレイカーの手に渡った。ブレイカーの妹ジェニー・ルイザ・ロバータ・ブレイカーの遺贈により、1947年に館の収蔵となった。所蔵番号はNG5769。いまは第54室に展示されている。
意義
館によれば、本作は対の《老人》(ニューヨーク、個人蔵)とともに、若いかのようにふるまう老人の愚かさを笑う風刺の肖像で、グロテスクが絵の主題として現れたことを示す。マサイスはこの種の世俗の風刺画の先駆者だった。17世紀にはケルンテン公妃マルガレーテ・マウルタッシュの肖像と誤って同定され、「醜い公爵夫人」の名がついた。ヴィクトリア朝には、ジョン・テニエルが描いた『不思議の国のアリス』(1865年)の公爵夫人の挿絵のもとになった。