《亀の調教師》
青いタイルと尖頭アーチの窓のある部屋で、赤い長衣にターバンの男が、背に小さな太鼓を負い、後ろ手に葦笛を持って立つ。足もとでは5匹の亀が、床に散った青菜を食べている。
概要
《亀の調教師》(土: Kaplumbağa Terbiyecisi)は、オスマン帝国の画家オスマン・ハムディ・ベイが1906年に描いた油彩画である。縦221.5センチ、横120センチのキャンバスで、スナ・イナン・クラチ財団の東洋趣味絵画コレクションに属し、イスタンブールのペラ美術館で公開されている。TDV イスラーム百科事典も、画家の主な作品の一つに挙げている。
画面の読み解き
所蔵館によれば、東洋風の衣装の男が、床の青菜を食べる亀たちを考え深げに見つめている。男は赤い長衣に黄色い上履きをはき、後ろ手に葦笛のネイを持ち、背にはナッカーレかクデュムといった小さな打楽器を負う。灰色のひげの頭にはターバンを巻く。石の床には5匹の亀がいて、ちぎれた緑の葉のあいだを歩く。背後の壁は青い六角形のタイルで覆われ、尖頭アーチの窓から光が差しこむ。所蔵館によれば、窓の上の尖ったアーチの破風には、「心の癒やしは、愛しき方(預言者ムハンマド)に会うこと」という銘が書かれている。場所は画家の絵にしばしば現れるブルサの緑のモスク(イェシル・ジャーミー)の上階の部屋で、男のモデルは多くの作品と同じく画家自身が務めた。楽器は修道者を思わせるが、被り物は『オスマンの衣装』が「マルディンのクルド人」の型として示すものに似ている。右下に「O. Hamdy Bey」の署名と「1906」の年記がある。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、本作は展覧会に出すために描かれた、東洋趣味の傾向が前に出た作品で、フランスのアカデミックな絵画の様式を映している(アカデミック美術)。画家は人物と室内の細部に、ほかの絵と同じくさまざまな写真を使ったとみられ、ウィーンではこの衣装で写真を撮らせたことが知られる。TDV イスラーム百科事典は、画家の構図には、写真を組み合わせた構成、はっきりした空間、目の錯覚を許さない明晰さ、広く透明な光、画面に沿ったていねいな絵具づかいが見られるとする。
来歴
所蔵館によれば、本作は1906年5月1日にパリのグラン・パレで開かれたフランス芸術家協会のサロンに、「亀を連れた男」(L'homme aux tortues)の題で出品された。カタログの783番に「Hamdy-Bey」の名で載り、別のカタログでは英語で「Tortoises」とされた。画面の1906年の年記から、5月の展覧会に間に合うよう年の初めに仕上げたと考えられる。1年後、画家は細部の異なる小さな第2作を描き、親族のサーリフ・ミュニル・パシャへの献辞を書き入れた。本作はスナ・イナン・クラチ財団の東洋趣味絵画コレクションにある画家の5点のうちの1点である。
意義
所蔵館によれば、画家は制作の37年前、バグダードにいたとき父への手紙で、雑誌『ル・トゥール・デュ・モンド』のある号を楽しく読んだと礼を述べている。その号には、スイスの外交官エメ・アンベールが日本で見聞きしたことを書いた記事があり、朝鮮の人とされる亀の調教師が、小さな太鼓の拍子で亀に列をつくって歩かせ、低い台の上に積み重ならせると伝え、その様子の版画を添えていた。所蔵館は、この記事と版画が本作の最初の着想になったとも考えられるとしている。