《ヘリオガバルスの薔薇》
天蓋から降り注ぐ薔薇の花びらが、寝椅子の客たちを飲み込んでいく。奥では金の衣をまとった若い皇帝が、その様子を眺めている。ローマ皇帝ヘリオガバルスの逸話を主題とした、1888年の大作である。
概要
《ヘリオガバルスの薔薇》(英: The Roses of Heliogabalus)は、ローレンス・アルマ=タデマが1888年に描いた油彩画である。縦132センチ、横213センチ。メキシコのペレス・シモン・コレクションが所蔵する。古代ローマの逸話に取材した歴史画で、アカデミック美術が求めた考証の緻密さと、世紀末の享楽的な主題が重なった一点である。
画面の読み解き
主題は『ローマ皇帝群像』が伝える逸話による。若い皇帝ヘリオガバルス(在位218〜222年)が、仕掛けの天井から花を降らせて客をもてなし、その量に埋もれて窒息した者が出たという。原典は菫などの花と記すが、アルマ=タデマは薔薇に置き換えた。画面の上半分は淡い桃色の花びらで埋まり、下半分では寝椅子の客たちがその下から手や顔をのぞかせる。奥の壇上では金の衣の皇帝が果物を手にし、その左で豹の皮をまとった女が二本の笛を吹く。右奥にはディオニュソスの青銅像が立ち、遠くに青い海と山が見える。惨事と宴が同じ画面で静かに進む。
技法・様式
イギリスでは薔薇の季節ではなかったため、画家は制作の4か月のあいだ、南フランスから毎週生花を取り寄せて写生したという。花びら一枚ごとに向きと影が描き分けられ、量塊としてではなく積み重なりとして見える。大理石、絹、金属の質感を描き分ける手つきは画家の得意とするところで、遺跡の写真を集めて家具や器物の形を確かめる方法も一貫している。横長の画面を上下に二分し、花の面と人の面を対比させる構図をとる。
来歴
技師のジョン・エアド準男爵が4,000ポンドで注文し、同じ1888年のロイヤル・アカデミー展に出品された。エアドの子に伝わったのち、1935年には483ギニーで売られる。1960年のクリスティーズでは買い手がつかず、のちにテレビ番組の制作者アレン・ファントの手に渡った。1973年のサザビーズで28,000ポンド、1993年6月のクリスティーズで150万ポンドと値を上げ、現在はフアン・アントニオ・ペレス・シモンの所蔵となっている。
意義
美しさと死が同じ画面に同居する主題は、19世紀末のヨーロッパが好んだ退廃の趣味と響き合う。アルマ=タデマの評価は没後に急落し、本作も長く人目に触れなかったが、1960年代以降の再評価とともに代表作とみなされるようになった。2014年から2015年にかけてロンドンのレイトン・ハウス美術館で公開され、1913年以来およそ100年ぶりに同地で展示された。