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ローレンス・アルマ=タデマの肖像

1910年頃のアルマ=タデマの肖像写真

Wikimedia Commons / Public domain
生没年
1836–1912年
国籍
イギリス(オランダ生まれ)
本DB収録 1 点

ローレンス・アルマ=タデマ

Lawrence Alma-Tadema

1836年にオランダのフリースラント州に生まれ、1912年にヴィースバーデンで没した画家。ロンドンに移り、考古学の成果に基づいて古代ローマの日常を細密に描いて人気を集めた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

1836年1月8日、オランダ北部フリースラント州の村ドロンレイプに、公証人の家の子として生まれた。1852年、16歳でアントウェルペン王立美術アカデミーに入り、フスタフ・ワッペルスに学ぶ。1855年からはルイ・ヤン・デ・タイエの助手を務め、古代文明への関心を植えつけられた。のちにヤン・アウグスト・ヘンドリク・レイスの工房に入り、細部を考証する制作の姿勢を身につける。1863年のイタリア旅行でポンペイの遺跡を見たことが転機となった。1870年9月に普仏戦争を避けてロンドンへ移り、1873年にはヴィクトリア女王の特許状によってイギリスの臣民の身分を認められる。1876年に王立美術院の准会員、1879年6月19日に正会員となり、1899年にはナイトに叙された。1912年6月25日にヴィースバーデンで没し、ロンドンのセント・ポール大聖堂の地下に葬られた。

様式の変遷

初期はメロヴィング朝など中世の主題を暗い色で描いていたが、イタリア旅行のあとは古代ローマとギリシア、エジプトの日常へ主題を移す。遺跡の写真を大量に買い集め、家具、衣服、器物の形を資料で確かめてから画面に置いた。とくに大理石の表面と、そこに落ちる日ざしの描写は「大理石を描かせたら右に出る者がいない」と評される。1872年からは作品にローマ数字の作品番号を付す習慣を始め、最初の作を遡って第1番とし、最後の作は第408番にあたる。

代表作

《ヘリオガバルスの薔薇》(1888年、ペレス・シモン・コレクション)のほか、《春》(1894年、J・ポール・ゲティ美術館)、《期待》、《お気に入りの詩人》などが知られる。

影響

生前はイギリスでもっとも高く売れた画家の一人だったが、没後は装飾的にすぎるとして評価が急落し、作品は長く顧みられなかった。見直されたのは1960年代以降で、市場価格も回復した。古代を細部まで再現した画面は、20世紀のハリウッド史劇の美術に手本を与えたとされる。

代表作MAJOR WORKS

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