《夜のカフェ》
赤い壁と黄色い床の部屋の中央に、緑の玉突き台が一台置かれている。天井のランプが光の輪を放ち、壁際の卓には客がうずくまる。白い服の主人が台のそばに立ち、奥の壁には時計が掛かる。
概要
《夜のカフェ》(仏: Le café de nuit)は、オランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホが1888年に南フランスのアルルで描いた油彩の風俗画である。縦72.4センチ、横92.1センチのキャンバスで、アメリカのイェール大学美術館が所蔵する。右下に「Vincent / le cafe de nuit」と署名と題が書かれている。所蔵館によれば、描かれたのは、ゴッホが食事をとっていたアルルの「カフェ・ド・ラルカサル」で、浮浪者や娼婦が出入りする終夜営業の店だった。
画面の読み解き
所蔵館によれば、ゴッホはアルルから弟に宛てた手紙で、この店を「血のような赤とくすんだ黄色」の部屋と書き、その中央に緑の玉突き台があり、ランプがオレンジと緑の光を投げかけると説明した。彼は赤と緑をわざとぶつかり合わせ、この色で「人間の恐ろしい情念」を表そうとした。夜の色、とりわけガス灯の下の色は昼とは違って見え、店の主人の白い服がレモン色や、青白く光る緑に変わるさまを示したいとも述べている。
技法・様式
所蔵館の書簡全集によれば、ゴッホは1888年9月9日の弟テオ宛ての手紙677で、この夜のカフェの絵で、カフェとは人が身を滅ぼし、気が狂い、罪を犯しうる場所だという考えを表そうとしたと書いた。そのために、柔らかな薔薇色と血のような赤、ワインのような赤を対比させ、穏やかなルイ15世風の緑やヴェロネーゼの緑を、黄緑や硬い青緑とぶつけた。すべてを淡い硫黄色の地獄の炉のような雰囲気のなかに置いたという。
来歴
所蔵館によれば、1889年に弟テオ・ファン・ゴッホのもとにあり、1891年に妻ヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルが相続した。1907年にパリのベルネーム=ジュヌ画廊に売られ、1908年のモスクワの展覧会「金羊毛」でイワン・モロゾフが買った。1919年にモスクワの国立近代西洋美術館に移され、のちベルリンのマティーセン画廊を経て、1933年までにニューヨークのノードラー画廊の扱いとなり、同年スティーヴン・カールトン・クラークが買った。1961年にクラークの遺贈によりイェール大学美術館に入った。
意義
所蔵館によれば、ゴッホは本作の色で、終夜のカフェに集う人々の「恐ろしい情念」を表そうとした。手紙677でも、色の対比によって、この場所の暗い力を伝えようとしたと述べている。本作は1908年にモスクワの収集家モロゾフの手に渡り、のちアメリカに移って、1961年からイェール大学で公開されている。