《絞首台の上のカササギ》
森の丘に木の絞首台が立ち、横木に一羽のカササギがとまる。そのそばで農民たちが手をつないで踊り、足もとの岩にはもう一羽のカササギ。眼下では、川が町や野を抜けて遠い海へと流れていく。
概要
《絞首台の上のカササギ》(蘭: De ekster op de galg、独: Die Elster auf dem Galgen)は、ピーテル・ブリューゲル(父)が1568年に描いた油彩の板絵である。縦45.9センチ、横50.8センチ。ドイツのダルムシュタット・ヘッセン州立博物館が所蔵する。森の中の丘に立つ絞首台と、そのそばで踊る農民たちを、高い視点から見渡す広大な風景の中に描いた。画家は翌1569年に没しており、最晩年の作品の一つにあたる。題名は、画家の伝記を書いたカレル・ファン・マンデルの記述に由来する。北方ルネサンスの画家ブリューゲルが、小さな画面に世界の広がりを収めた風景画である。
画面の読み解き
画面の中央、白っぽい岩の上に木の絞首台が立ち、その横木に一羽のカササギがとまる。もう一羽は、絞首台の足もとの岩にいる。横木は左端の切り口をこちらに向けて奥へ斜めに伸び、横に並んで立つ二本の柱とはつじつまの合わない組み方になっている。絞首台の左では、帽子の男と黒い服の男、青い上着に赤いスカートの女が手をつないで踊る。手前では白いシャツの男と黒い上着の男が立ち止まり、黒い上着の男が腕を上げて前を指さす。奥の小道からも村人たちがやって来る。左下の隅の茂みには、しゃがみ込んで用を足す男が半ば隠れている。絞首台の右には木の十字架が立ち、手前の窪みのそばには動物の頭骨が転がる。右下には水車小屋がある。眼下では、川が蛇行しながら岩山の上の城や町、野を抜けて遠い海へと流れ、左右の木々が画面を縁取っている。
技法・様式
高い視点から、切り立つ岩山や川、町、遠い海までを一枚に収める構図は、16世紀前半のネーデルラントで生まれた世界風景の形式を受け継いでいる。手前の地面と木の幹は茶色、中景の森は緑、遠景の川と山は青みがかった色で塗り分けられ、遠ざかるほど色は淡くなる。美術史家マーガレット・A・サリヴァンは、左から差す光が、絞首台とそれを支える岩、枯れた切り株と枝、そして二羽のカササギを浮かび上がらせていると指摘する。画面には「BRVEGEL 1568」の署名と年記がある。
来歴
1604年に画家列伝を著したカレル・ファン・マンデルによれば、ブリューゲルは遺言で、絞首台にカササギがとまる絵を妻に遺した。カササギで、絞首台に送るべきおしゃべりな舌を表したのだという。ファン・マンデルはまた、画家が死の床で、あまりに辛辣な書き込みのある素描を妻に焼かせたとも伝えている。妻は師ピーテル・クック・ファン・アールストの娘マイケンである。ダルムシュタットの市史事典によれば、本作は1830年から1879年のあいだに、80点を超える絵画の一つとして同地の収集に加わった。現在は同館の絵画ギャラリーで、祭壇画やデューラー、クラーナハの時代の絵画とともに、順路の初めに展示されている。
意義
サリヴァンは、多くの研究者がファン・マンデルの伝える題名を受け入れつつも、その説明には満足してこなかったと述べる。彼女は本作に、正しい道を行くと思い込んで破滅へ向かう人間の危うさを読み取る。農民たちは、遠くの美しい風景とは対照的な、不吉な暗い形の絞首台に向かって踊っている。本作が描かれた1568年のネーデルラントでは、野外の説教に加わったり、聖像を壊したり、諷刺を書いたりした者は異端として断罪されるおそれがあり、何十人もの人々が絞首台や火刑台に送られていた。明るい風景と死の道具を一つの画面に置いたこの小さな絵は、晩年のブリューゲルが残した謎めいた作品である。