クレジット方針 収録範囲について お問い合わせ
作品COLLECTION 画家ARTISTS 流派MOVEMENTS 時代PERIODS 所蔵MUSEUMS 様式史HISTORY 用語集GLOSSARY 検索SEARCH

《道化ドン・フアン・デ・アウストリア》

El bufón llamado Don Juan de Austria
《道化ドン・フアン・デ・アウストリア》ディエゴ・ベラスケス
Wikimedia Commons / プラド美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ディエゴ・ベラスケス
制作年
1632年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
210 × 123 cm
広告

羽根飾りの帽子に派手な衣装をまとった男が、右手に長い指揮棒を持ち、左手を剣に添えて立つ。足もとには甲冑や砲弾が散らばり、右上には煙の上がる海戦の場面が小さく描かれている。

概要

《道化ドン・フアン・デ・アウストリア》は、スペインの画家ディエゴ・ベラスケスが1632年頃に描いた油彩の肖像画で、マドリードのプラド美術館が所蔵する。館の題は「ドン・フアン・デ・アウストリアと呼ばれた道化」。館の記録では、カンヴァスに描かれ、縦210センチ、横123センチ。所蔵番号はP001200で、館の015室に展示されている。

画面の読み解き

館の解説によれば、華やかな衣服、右手の指揮棒、左手を添えた剣は、どれもこの人物が軍人であることを示している。背景に海戦が描かれ、床に武器や弾薬、甲冑が散らばっている舞台もそれを強めている。そのため本作は長く軍の将校の肖像と考えられていたが、1872年にペドロ・デ・マドラーソが、1700年のブエン・レティーロ宮殿の目録に、いくつもの胸甲をつけたドン・フアン・デ・アウストリアという名の宮廷の道化の肖像が記されているのを見つけた。画面では、羽根飾りのついた黒い帽子をかぶった髭の男が、黒い胴着に桃色と赤の衣装とマントをまとって立ち、長い指揮棒を斜めに床へ突いている。タイルの床には胸甲や兜、砲弾が転がり、右上の開いた空間の向こうには、煙の上がる海の戦いが小さく見える。

技法・様式

館によれば、本作は、ベラスケスがのちの画業を特徴づける、速く確かでゆるやかな筆さばきを用いた最初期の作品の一つかもしれない。背景のきわめて簡略な描き方には、画家がティツィアーノの作品をよく知っていたことが表れている。館の記録によれば、宮廷の記録はこの道化が1624年から仕えていたことを示し、1632年には本作に描かれたような衣服を受け取っており、それが制作年のおおよその目安となる。

来歴

館の解説によれば、道化の名は、フェリペ2世の異母弟でレパントの海戦の英雄ドン・フアン・デ・アウストリアにちなむ。その記憶は宮廷で強く残り、毎年10月には彼をたたえる海の祭りが開かれていた。本作は、もう一人の道化クリストバル・デ・カスタニェーダ・イ・ペルニアの肖像と対をなし、ブエン・レティーロ宮殿の目録でも並んで記録されている。館の記録によれば、本作は王室コレクションにあり、1701年にブエン・レティーロ宮殿、1772年以降は新王宮に記録され、1816年から1827年までサン・フェルナンド王立美術アカデミーにあって、1827年に館に入った。

意義

館によれば、対となる絵では、道化がオスマン帝国の提督バルバロハとして表されており、2点はキリスト教の英雄とイスラムの敵を対比している。ドン・フアン・デ・アウストリアという名や軍の舞台と、本作の人物の内気な体つきや見る者へ向けたまなざしとの落差が、さらにもう一つの意味の層を生む。道化を軍人に仕立てることは、勝ち誇るのでなく憂いに沈む《マルス》にも見られるベラスケスの逆説への好みを表し、見かけと実際のずれを楽しんだ当時の宮廷文化にもかなっていた。道化は宮廷の多くの余興に使われており、1660年にはオランダの外交官ロデウェイク・ホイヘンスが、食事の席で二人の道化が模擬の戦いを演じたことを書き留めている。