《謝肉祭と四旬節の喧嘩》
- 作者
- ピーテル・ブリューゲル(父)
- 制作年
- 1559年
- 素材
- 板(オーク材) / 油絵具
- 寸法
- 118 × 163.7 cm
- 所蔵
- ウィーン美術史美術館
- 時代
- ルネサンス
- 流派
- 北方ルネサンス
町の広場で、樽にまたがり串焼きを構えた太った男と、魚をのせたへらを突き出す痩せた人物が向かい合う。左の居酒屋の前では祭りの人々が騒ぎ、右の教会の前には黒っぽい服の人々が集まる。
概要
《謝肉祭と四旬節の喧嘩》は、ネーデルラントの画家ピーテル・ブリューゲル(父)が1559年に描いた油彩の板絵で、ウィーン美術史美術館が所蔵する。館の記録では、オーク材の板に描かれ、縦118センチ、横163.7センチ。所蔵番号は絵画館1016で、館の絵画館X室に展示されている。左下の石に「BRVEGEL 1559」の銘がある。
画面の読み解き
館の解説によれば、本作は謝肉祭と四旬節にまつわるネーデルラントの習わしの百科ともいえる絵である。手前でブリューゲルは、15・16世紀に実際に行われていた寓意的な馬上槍試合を描いた。左では「謝肉祭」が樽にまたがり、串に刺した焼き肉を武器に構え、右では痩せた「四旬節」が二匹の魚をのせたパン屋のへらを突き出して迎え撃つ。日本語版ウィキペディアによれば、「謝肉祭」は腰からナイフの袋を下げた太った肉屋で、青い橇の上のビール樽にまたがり、「四旬節」は修道士と修道女に懸命に引かれている。画面は左の宿と右の教会という二つの建物で二分され、広場の真ん中には共同の井戸がある。左の宿は看板から「青いはしけ」という名とわかり、その前では役者たちが劇『汚れた花嫁』を演じている。
技法・様式
館によれば、この場面のほかの細部も、民間伝承に記録された当時の現実に沿っている。しかし、すべてを同じ時に同じ場所で起こっている出来事として描いたのは、ブリューゲルの創意である。日本語版ウィキペディアによれば、本作はバルト海周辺の地域から採られたオーク材に描かれ、下塗りを重ねていないため、最初の下塗りの暖かな色調が完成作から透けて見える。X線などの調査では、名の分からない画家が後にブリューゲルの絵に手を加えていたことが明らかになっており、たとえば白い布に一部覆われていたふくれた死体が塗りつぶされていた。
来歴
館の記録によれば、本作はおそらく神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の収集にあり、1748年に宝物庫から画廊へ移された。
意義
日本語版ウィキペディアは、本作がどちらか一方を他方より良いものとして描いてはおらず、両方を人間のふるまいの行き過ぎを示すものとして描いていると説明する。そして、祝祭はすでに終わり、悔い改めと節制の時期が来ていることを示すと読む。