《プロクリスの死》
水辺の草地に、若い女が横たわって動かない。喉と手には傷。半人半獣のサテュロスがひざまずいて肩にそっと手を添え、足もとでは大きな茶色の犬がじっと見下ろす。遠くの砂浜を、ほかの犬たちが歩いていく。
概要
《プロクリスの死》は、ピエロ・ディ・コジモが1495年頃に描いた油彩画である。縦65.4センチ、横184.2センチの横長の板絵で、ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する。館の題は《ニンフの死を嘆くサテュロス》。主題はオウィディウスの『変身物語』によるとも考えられており、そうであれば、横たわる美しいニンフは、夫ケファロスに誤って殺されたプロクリスにあたる。ピエロが得意とした神話画の代表作のひとつである。
画面の読み解き
所蔵館によれば、手前にニンフが横たわり、喉と手に傷を負っている。その傍らにサテュロスがひざまずき、足もとには犬が座って、女主人の死を悼む。奥の湖のほとりには、さらに犬たちとペリカンが見える。両端の草花も、そばの人物に寄り添うように身をかがめている。画面では、サテュロスが片手をニンフの肩に、もう一方の手を頭のそばに添え、うつむいてその顔をのぞき込む。ニンフの赤い布と透ける薄衣が、緑の草地に映える。
技法・様式
所蔵館によれば、技術調査で見つかった下描きから、ピエロは犬の位置を慎重に描き直したことがわかる。横長の画面は、手前の草地の細かな花々と、明るく霞む遠くの水辺と町並みとを、一続きの帯のように並べている。サテュロスはオウィディウスの物語には登場せず、15世紀末に宮廷人で軍人のニッコロ・ダ・コッレッジョがこの詩を翻案した作品から取られたとみられる。
来歴
所蔵館によれば、寸法から見て、本作は家具か板張りの壁の一部だったと考えられる。ピエロはこうした「スパッリエーレ」と呼ばれる絵を得意とし、本作もおそらくフィレンツェの邸館で、長椅子や長持の背板、あるいは壁の羽目板として使われた。裏面に描かれた枠の線は、失われた木の縁取りを示している。注文主はわからないが、かつてグイチャルディーニ家が所有しており、その一族の館を飾っていた可能性がある。ヴァザーリは、ピエロがヴェスプッチ家の一員のために描いたスパッリエーレを称えている。1862年に同館が購入した。所蔵番号NG698。
意義
ティッセン=ボルネミッサ美術館によれば、ピエロ・ディ・コジモはスパッリエーレの名手として依頼主のあいだで名を馳せた。本作はその代表的な一枚で、物語の劇的な一瞬ではなく、死の静けさと、それを嘆く者たちの姿が、穏やかな水辺の風景のなかに置かれている。