《アマゾンの戦い》
- 作者
- ピーテル・パウル・ルーベンス
- 制作年
- 1618年
- 素材
- 板 / 油絵具
- 寸法
- 120.3 × 165.3 cm
- 所蔵
- アルテ・ピナコテーク
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- フランドル・バロック絵画
石のアーチ橋の上で、ギリシアの兵とアマゾンの女戦士が馬ごとぶつかり合う。敗れたアマゾンたちは右手で馬もろとも川へ落ち、岸辺には倒れた裸の女たちが横たわる。
概要
《アマゾンの戦い》は、フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンスが1618年頃に描いた油彩の板絵で、ミュンヘンのアルテ・ピナコテークが所蔵する。バイエルン州立絵画コレクションの目録では、板に油彩で、画面の寸法は縦120.3センチ、横165.3センチ。所蔵番号は324で、館の上階のVIII室に展示されている。額は18世紀にヨーゼフ・エフナーがつくったものである。日本語版ウィキペディアによれば、ギリシア神話の、古代ギリシアの軍勢と女だけの戦士の部族アマゾンとの戦い(アマゾノマキア)を主題とする。
画面の読み解き
館の解説によれば、橋という舞台装置によって、戦いが繰り広げられる二つの層が生まれている。アーチの頂では両軍がぶつかり合い、右手では敗れたアマゾンたちが渦を巻くような動きで落ちていく。左からはさらにギリシア兵が押し寄せ、彼らが勝利をおさめることになる。画面では、橋の上で兵たちが馬ごともみ合い、旗や槍が空に突き出す。右下では、白い馬がアマゾンもろとも逆さまに川へ落ち、手前の岸辺や水際には、倒れた裸の女たちが横たわる。橋の下の遠くの川面にも、流される人馬が小さく描かれている。
技法・様式
館によれば、緊迫した主題に応じて、ルーベンスは素早く流れるような筆づかいを用いた。力強い筆の運びで、川から跳ね上がる水しぶき、なびく馬のたてがみ、剣を大きく振りかぶる戦士たちの動きを描きとめている。日本語版ウィキペディアによれば、構図にはレオナルド・ダ・ヴィンチの《アンギアーリの戦い》が大きな役割を果たしており、ルーベンスはこの壁画にもとづく模写をつくっていた。また構図は、1577年に焼失したティツィアーノの《カドーレの戦い》に直接もとづくとされ、ギリシア軍とアマゾンの戦いを表した古代の石棺の浮き彫りも影響を与えたという。
来歴
館の目録によれば、本作は1806年にデュッセルドルフの画廊からミュンヘンに移った(1806年のデュッセルドルフの目録番号989)。日本語版ウィキペディアによれば、それ以前はアントウェルペンの裕福な商人コルネリス・ファン・デル・ヘーストの収集にあった。同じ記事によれば、ヴィレム・ファン・ハーヒトが描いた《コルネリス・ファン・デル・ヘーストの画廊》(1628年)には、本作が画中画として描き込まれている。
意義
日本語版ウィキペディアによれば、美術史家ハインリヒ・ヴェルフリンは、瞬間的な運動を目に見えるとおりに再現することを、バロック美術の重要な特質として挙げた。本作は、本来は時間をもたない絵画に、できるかぎり運動の印象を与えようとした例とされ、とりわけ橋の右手から水面へ落ちるアマゾンと馬の表現が迫力に富むという。