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《聖ゲオルギウスと竜》

Saint George and the Dragon
《聖ゲオルギウスと竜》パオロ・ウッチェロ
Wikimedia Commons / ロンドン・ナショナル・ギャラリー / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
パオロ・ウッチェロ
制作年
1470年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
55.6 × 74.2 cm
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洞窟の前で、白馬に乗った騎士が、翼のある竜の頭を長い槍で突く。竜の首には、左に立つ王女がひもを掛けている。空には渦を巻く雲と三日月が浮かび、緑の野は四角い区画となって地平へ続く。

概要

《聖ゲオルギウスと竜》は、フィレンツェの画家パオロ・ウッチェロが1470年頃にカンヴァスに描いた、聖人の伝説を主題とする油彩の歴史画で、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する。館の記録では縦55.6センチ、横74.2センチ。所蔵番号はNG6294で、第62室に展示されている。館は1959年に購入した。2020年には、東京の国立西洋美術館と大阪の国立国際美術館で開かれた「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」に出品された。館は、竜を手なずけ、そして退治する聖ゲオルギウスの物語を、中世の聖人伝の中でも最も空想的な話の一つとしている。

画面の読み解き

館の解説によれば、聖人伝集『黄金伝説』では、ゲオルギウスはカッパドキア(現在のトルコ)出身のキリスト教徒の騎士である。リビアの町シレナは竜に脅かされ、羊を食べ尽くした竜には、くじで選ばれた子どもが差し出されていた。くじが王の娘に当たり、花嫁の装いで竜のすみかに連れて行かれたとき、通りかかったゲオルギウスが竜を攻めた。騎士は竜を殺さず、王女に帯を竜の首に結ばせて町へ引いて行かせ、町の人々がキリスト教に改宗するなら殺すと約束した。ウッチェロは物語の二つの場面を、一つの小さな、どこか奇妙な画面にまとめた。跳ね上がる馬に乗った聖人は、三角形の奇妙な竜の頭に槍を突き立て、竜の形はその洞窟の入口の形と響き合う。優雅だがどこか退屈そうな王女は、すでに竜の首にひもを掛けている。三日月は、昼が夜へ移り変わる、とりわけ魔法めいた時刻を示しているのかもしれない。渦を巻く雲から奇妙な風景まで、すべてが現実ではなく空想の場面をつくり、馬の首も不自然に曲がっている。

技法・様式

館によれば、ウッチェロは、線を使って画面に三次元の空間の印象をつくる線遠近法に強くひかれていたが、本作ではまだそれを使いこなしていない。想定された線は一点に集まらずにさまざまな方向へ向かい、幾何学的な緑の区画は城壁の見える遠い地平へと続く一方、地面の四角い石は右へ上がっていく。いくつもの消失点が、魔法のような不思議な感じを生んでいる。本作はおそらく手早く安く作られたもので、高価な顔料や金箔は使われていない。赤外線の調査では、王女の衣の下描きの下に曲線の幾何学的な形が見つかり、未完成の紋章の図案が描かれたカンヴァスを再利用した可能性がある。顔料の一部は変色しており、藍銅鉱で塗られた空は本来より緑がかって見え、草の緑は暗くなっている。

来歴

館によれば、誰のためにいつ描かれたかは正確には分からないが、小さな画面とキリスト教の徳よりも魔法の冒険を思わせる雰囲気から、個人の家、おそらく寝室に置くためのものだったと考えられる。ウッチェロとその工房による同じ物語の作品は、ほかにメルボルンのヴィクトリア国立美術館とパリのジャックマール=アンドレ美術館にある。館の来歴によれば、1898年にウィーンのカロル・ランツコロンスキ伯爵の収集にあることが初めて記録された。1939年にナチスが伯爵の家から奪い、リンツに計画されたヒトラーの美術館のため、アルトアウスゼーの岩塩坑などに保管された。のちにアメリカ軍が取り戻し、1946年から1959年までチューリヒの銀行に保管されたのち、1959年に館が伯爵家から購入した。

意義

館によれば、作風はオックスフォードのアシュモリアン博物館にあるウッチェロの《森の狩り》に近く、王女の先のとがった靴などの服装は1460年頃のものとみられる。一方、聖人の甲冑はより古く、同館の《サン・ロマーノの戦い》の騎士たちの甲冑に似ている。甲冑や戦いの動きに強い関心を持っていたウッチェロだが、ここでは見た目の効果のために現実を調整しており、槍は竜の翼や雲と線をそろえるために誤った持ち方で握られている。