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《売春宿の放蕩息子》

Rembrandt und Saskia im Gleichnis vom verlorenen Sohn
《売春宿の放蕩息子》レンブラント・ファン・レイン
Wikimedia Commons / アルテ・マイスター絵画館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
レンブラント・ファン・レイン
制作年
1635年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
161 × 131 cm
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羽根飾りの帽子の男が振り返って笑い、細長いグラスを高く掲げる。その膝の上には、金の鎖を胸にかけた若い女性が、こちらに顔を向けて座っている。左の卓には孔雀のパイが置かれ、男の腰には剣が光る。

概要

《売春宿の放蕩息子》は、オランダの画家レンブラント・ファン・レインが1635年頃に描いた油彩画で、ドレスデン国立美術館のアルテ・マイスター絵画館が所蔵する。館の題は《放蕩息子のたとえのなかのレンブラントとサスキア》。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦161センチ、横131センチ。所蔵番号はGal.-Nr. 1559で、左の中ほどに「Rembrant f.」の署名がある。描かれているのは画家自身と、1634年に結婚した妻サスキア・ファン・オイレンブルフで、館は本作を夫妻の二重肖像と呼ぶ。

画面の読み解き

館が Google Arts & Culture に寄せた解説によれば、本作は夫妻の陽気にはしゃぐひとときを描いている。画家は見る人のほうへ振り返って杯を掲げ、サスキアはより控えめな姿で彼の左の膝に座り、不自然なほど首を回して画面の正面に顔を向ける。左の卓の上、サスキアのそばには孔雀のパイが置かれている。館の目録によれば、キリスト教の図像では、孔雀は美や愛の象徴であるとともに、虚栄や誇り、高慢の象徴でもある。日本語版ウィキペディアが引く研究によれば、壁の黒板は飲食の代金を書きつけるためのもので、孔雀のパイとともに、遺産を浪費する放蕩息子を描く絵の伝統的なモチーフだった。

技法・様式

館の解説によれば、陽気に騒ぐ男女を半身で描くこの型は、明暗の対比(キアロスクーロ)によって効果を強めており、レンブラントの作品に疑いなく影響を与えたユトレヒトのカラヴァッジョ派の場面を思わせる。日本語版ウィキペディアによれば、X線調査で、レンブラントがもとは二人のあいだに娼家の女将を描いていたことがわかっている。キャンバスの左側はおそらく画家自身の手で切り詰められ、脇役を除いて見る人の目を主題に向けたとみられる。画家の自画像のなかでは最も大きく、例外的な寸法でもある。

来歴

館の目録によれば、本作は1749年、テオドール・ル・ルーがパリの画商ノエル・アレニョンのもとで、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト2世(ポーランド王アウグスト3世)のために手に入れた。第二次世界大戦中はマイセンのアルブレヒト城に疎開し、1943年にはロットヴェルンドルフ近くのロームグルントの使われなくなった鉄道トンネルに移された。1945年7月にソ連の戦利品組織によってソ連へ運ばれ、1955年までモスクワにあった。1956年にドレスデンの絵画館に戻り、再建されたゼンパー館の再開に先立って、モスクワのプーシキン美術館とベルリンのナショナルギャラリーで公開された。

意義

放蕩息子のたとえは「ルカによる福音書」15章の話で、財産を使い果たした弟息子が悔い改めて父のもとに帰る。レンブラントは晩年にも、帰ってきた息子を父が迎える場面を《放蕩息子の帰還》に描いた。日本語版ウィキペディアによれば、本作を自身を罪深い者として描いた一種の見立て絵とみる解釈がある一方、美術史家ケネス・クラークは、陽気な画家に比べてサスキアがやや取り澄ましている点に、身分の高い家から来た妻への画家の屈折した心理を読み取る説を出している。