《クルスク県の復活大祭の十字行》
夏の日差しが照りつける埃っぽい街道を、イコンや旗を掲げた群衆が奥から押し寄せてくる。金の祭服の聖職者、着飾った婦人、農民、馬上の憲兵。左手前では、杖をついた背の曲がった男が人波の先へ進もうとしている。
概要
《クルスク県の復活大祭の十字行》(露: Крестный ход в Курской губернии)は、ロシアの画家イリヤ・レーピンが1881年から1883年に描いた油彩画である。縦178センチ、横285.5センチの大画面で、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。所蔵館はこれを、レーピンの創作と19〜20世紀のロシア美術で最も重要な作品の一つとする。宗教行事に集う人々を描いた風俗画である。
画面の読み解き
所蔵館の雑誌『ラヴルス』の記事によれば、題材は毎年、復活祭から9週目に、クルスク・コレンナヤの生神女「徴」のイコンを町の聖堂から約30キロ離れた修道院へ運んだ十字行(聖像を掲げて歩く行列)である。画面には70人を超える人物が描かれ、行列は斜めに、終わりなく続くように進む。高位の聖職者、満ち足りた顔の商人、麻のシャツの農民、物乞い、秩序を見張る憲兵。イコンに近いほど裕福な人々で、離れるほど貧しくなる。画面の中心では、地主の婦人が金の覆いのついた小さなイコンを運び、強い日差しが覆いを輝かせる。左手前では、イコンに近づこうとする背の曲がった男を、村の長老が杖で乱暴に押し戻している。右手前の農民たちは、金の丸屋根とガラス窓のついた大きな飾りを、色とりどりのリボンを垂らして担ぐ。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、レーピンは「この絵ではすべてが日の光の下になければならない」と書き、焼けつく夏の一日の空気のなかで、巡礼者たちの心の状態と、無関心や偽善から熱狂的な信仰までの、さまざまな向き合い方を描き分けようとした。『ラヴルス』によれば、画家は民衆の姿を丹念に調べ、身ぶりや表情、服の細部を写した習作や素描が何十点も残る。背の曲がった男は明るいシャツの白で暗い人波から浮き立ち、群れの一つを率いて画面に動きを与える。
来歴
所蔵館によれば、構想は、パリ留学から戻ったレーピンが故郷チュグーエフに滞在した1876年10月から翌年7月に生まれた。『ラヴルス』によれば、当初は故郷の行列を描くつもりだったが、クルスクの大がかりな十字行を知って舞台を移し、1881年7月に現地を訪れた。1883年の第11回移動派の展覧会で初めて公開され、パーヴェル・トレチャコフがすぐに画家から買い取った。所蔵番号は738。トレチャコフは、中央の、空のイコン入れを運ぶ戯画めいた町人の女を、信仰に満ちた美しい娘に替えるよう勧めたが、画家は「私には真実こそが上にある」と拒んだ。
意義
『ラヴルス』によれば、批評家ウラジーミル・スターソフは本作を「その偉大さと、日々の醜さのすべてにおけるルーシ」と評した。進歩的な人々は社会の問題の大胆な告発とみたが、保守的な人々は民衆の信仰をゆがめて描いたと非難した。所蔵館によれば、ソビエト時代には社会の悪を暴く批判的リアリズムの作とされ、憲兵の姿から「義務としての十字行」とも書かれた。画家は1877年から1924年にかけて、もう一つの十字行の大作《樫の森の十字行》(チェコ)も描いている。