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《サー・トーマス・モアの肖像》

Sir Thomas More
《サー・トーマス・モアの肖像》ハンス・ホルバイン
Wikimedia Commons / フリック・コレクション / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ハンス・ホルバイン(子)
制作年
1527年
素材
オーク・パネル / 油絵具
寸法
74.9 × 60.3 cm
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緑のカーテンを背に、毛皮の襟の黒い上着に赤いビロードの袖、黒い帽子の男が、斜めを向いて座る。胸には重い金の鎖が下がり、右手には一通の手紙を握る。頬にはうっすらと無精ひげがのぞく。

概要

《サー・トーマス・モアの肖像》は、ドイツ生まれの画家ハンス・ホルバイン(子)が1527年に描いた油彩の肖像画である。縦74.9センチ、横60.3センチのオーク材の板絵に、『ユートピア』の著者として知られるイングランドの人文学者で政治家のトマス・モアを描き、ニューヨークのフリック・コレクションが所蔵する。館は、ホルバインの最もすぐれた、最も愛される作品の一つとする。

画面の読み解き

館の音声解説(前主任学芸員ザヴィエ・F・サロモン)によれば、この肖像はモアの知性と人柄を見事に呼び起こし、ホルバインの卓越した写実の腕を示す。頬の無精ひげや、ビロードの袖の魅惑的な質感に目を凝らしたい。胸に目立つ金の鎖は、特定の役職ではなく国王への奉仕を示すしるしで、鎖の文字は「しばしば私を思い出して」を意味する標語を表すとも考えられる。モアが右手に持つ手紙のように、この肖像も友人に贈るためのものだったのかもしれない。

技法・様式

オーク材の板に油彩で描かれる。館によれば、ホルバインは1526年、哲学者エラスムスの紹介状を携えてバーゼルからロンドンに渡り、モアの知的な交友の輪に入って、しばらくはチェルシーの彼の家に住んだとみられる。館の目録は、イングランドに着いた画家を客として迎えたモアへの共感が、この肖像に表れていると述べる。豊かな布地や装身具の見事な描写が、本作を画家の代表作の一つにしている。いくつかの版が知られるが、本作がまぎれもない原作である。

来歴

館のブログ(2021年)によれば、1527年から1631年までの所在はわかっていない。1631年、イングランドの外交官アーサー・ホプトンが、この絵はローマのピエール・パオロ・クレシェンツィ枢機卿のもとにあり、いくら出しても手に入らないと書き送っている。1858年までにロンドンに戻り、のちに銀行家のハット家が所有した。1912年1月、ヘンリー・クレイ・フリックが批評家ロジャー・フライの助言を受けて、エドワード・ハットから5万5000ポンドで買い取った。現在は1階の第10室に展示されている。所蔵番号は1912.1.77。

意義

館によれば、モアは国王ヘンリー8世に仕え、1529年に大法官となったが、王と王妃キャサリンの離婚問題をめぐって3年後に辞任した。王を英国国教会の首長とする国王至上法への同意を拒んで大逆罪に問われ、1535年7月6日に斬首された。カトリック教会は1935年に彼を聖人とした。フリックは1915年に、モアの宿敵トマス・クロムウェルを描いたホルバインの肖像も買い入れ、二人の肖像を暖炉の両側に向かい合わせて掛けた。