《インノケンティウス10世の肖像》
- 作者
- ディエゴ・ベラスケス
- 制作年
- 1649–1650年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 141 × 119 cm
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- スペイン・バロック絵画
金の飾りのついた赤い椅子に、赤い帽子と肩衣をまとった教皇が腰かけ、鋭い目つきで斜めにこちらを見る。白いレースの法衣が膝を覆い、左手には文字の書かれた紙を持つ。背後には赤い幕が垂れる。
概要
《インノケンティウス10世の肖像》(伊: Ritratto di papa Innocenzo X Pamphilj)は、ディエゴ・ベラスケスが描いた油彩画である。縦141センチ、横119センチのキャンバスで、ローマのドーリア・パンフィーリ美術館が所蔵する。所蔵館によれば、ベラスケスはおそらく1649年の末から1650年1月にかけて描いた。1644年から1655年まで教皇の座にあったジョヴァンニ・バッティスタ・パンフィーリを描く。所蔵館は本作を収集の中で最も重要な作品とし、17世紀の肖像画の傑作と位置づける。スペイン・バロック絵画の頂点を示す一点である。
画面の読み解き
赤い幕を背に、金の飾りをつけた赤いビロードの椅子に教皇が座る。頭には赤い帽子をかぶり、赤い繻子の肩衣が光を受けて揺らめくように輝く。その下の白い法衣はレースで縁取られ、膝から足元までを覆う。右手は椅子の肘掛けに置かれて指輪が光り、左手には文字の書かれた折りたたんだ紙を持つ。赤ら顔の教皇は眉を寄せ、青灰色の目で斜めにこちらをうかがう。画面はほとんど赤と白だけで組み立てられている。白い法衣には絵具を厚く置いたインパストの筆触が残り、繻子やレースの質感は、近くで見ると大まかな筆の跡にすぎない。
技法・様式
所蔵館によれば、ベラスケスは教皇の醜さを隠さず、写実のままに描いた。同時代の記録には、教皇の「風刺的で陰気な、粗野でひどく醜い」顔つきが、敵対する者たちに「強情な気性」を疑わせたとある。本作が描かれたのは、1648年のウェストファリア条約の後、教皇庁が親フランスの路線を離れ、ハプスブルク家のスペインに再び近づいていく国際政治の転換期だった。ベラスケスは1649年から1651年にかけて2度目のイタリア旅行でローマに滞在しており、スペイン宮廷の画家として本作を手がけた。所蔵館は、本作が教皇と同時代の人々に気に入られたことは、古い模写が数多く残ることからわかるとしている。
来歴
本作はドーリア・パンフィーリ家の収集として、ローマのドーリア・パンフィーリ宮殿に伝わる。所蔵館によれば、保存状態はきわめてよい。19世紀半ば、フィリッポ・アンドレア5世ドーリア・パンフィーリ公は本作をほかの作品から切り離して見せるため、建築家アンドレア・ブジーリ・ヴィーチに命じて、ギャラリーの第一翼の端に専用の小部屋を設けさせた。所蔵番号FC 289。
意義
所蔵館によれば、多くの画家や批評家が、本作をこれまでに描かれた最も優れた肖像画とみなしてきた。古いイギリスの案内書は、ジョシュア・レノルズが「ローマで最も優れた絵」と評したと伝え、フランスの歴史家イポリット・テーヌは「あらゆる肖像画の中の傑作」で「一度見たら忘れられない」と書いた。20世紀には、フランシス・ベイコンが本作をもとに叫ぶ教皇の連作を描いた。カナダ国立美術館によれば、ベイコンは1946年から25年にわたって30点を超える「叫ぶ教皇」を描いたが、実物を見ることはあえて避け、複製写真をもとに描き続けた。