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《忘れえぬ女》

Неизвестная
《忘れえぬ女》イワン・クラムスコイ
Wikimedia Commons / トレチャコフ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
イワン・クラムスコイ
制作年
1883年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
76.1 × 102.3 cm
流派
移動派
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霧にかすむ冬の街並みを背に、無蓋の馬車に座った若い女性が、半ば伏せたまなざしでこちらを見下ろす。羽根飾りの帽子に毛皮で縁どった外套、手にはマフ。名前も素性も明かされていない。

概要

《忘れえぬ女》(露: Неизвестная)は、ロシアの画家イワン・クラムスコイが1883年に描いた油彩画である。モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵し、館の公式アプリは寸法を縦76.1センチ、横102.3センチとする。ロシア語の題は「見知らぬ女」の意味で、日本では《忘れえぬ女(ひと)》の題で知られ、2018年から翌年にかけてBunkamura ザ・ミュージアムで開かれた「国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア」展でもこの題で紹介された。所蔵館は、クラムスコイの作品だけでなく、19世紀後半のロシア絵画全体でも最も人気のある一点とする。

画面の読み解き

無蓋の馬車の座席に、若い女性が少し体をひねって座り、半ば伏せた目でこちらを見下ろしている。背景には雪をかぶった建物が霧にかすむ。ロシア語版ウィキペディアによれば、場所はペテルブルクのネフスキー大通りで、アニチコフ宮殿のパビリオンのそばを通るところであり、右奥にはアレクサンドリンスキー劇場が見える。所蔵館によれば、女性はとても流行に敏感な、洒落た装いをしている。帽子は1883年のシーズンの最新流行だった「フランシスク」、手袋は「スウェーデン」、外套は「スコベレフ」と呼ばれた型である。同館は、これが女性の身分をほのめかすとみる。上流社会では、流行をそのまま追うことは書かれざる決まりで避けられていたからで、女性は上流の人ではないことになる。

技法・様式

所蔵館によれば、批評家スターソフは本作を、クラムスコイが1880年代に注文で描いた社交界の肖像と同列に置いた。しかし本作は、注文の正装肖像の経験を生かしながらも、サロン向けの肖像ではない、幾重もの意味をもつ作品であり、モデルの見栄えのよい見せ方や官能的な魅力も、それ自体が目的ではなく、複雑な全体を形づくる要素になっている。物の手触りや質感がこれほど確かに描かれたのは、クラムスコイの作品でもおそらく本作だけである。女性の姿は、霧のかかった凍てつく冬の日の風景に溶け込まず、いわば風景の手前に置かれており、それが挑むような、見せつけるような美の印象を強めている。ロシア語版ウィキペディアは、肖像画と、主題をもつ風俗画との境にある作品とする。

来歴

所蔵館によれば、本作は1883年にペテルブルクで開かれた第11回移動派展に出品され、たちまち注目を集めて議論を呼んだ。多くの批評家は社会の道徳を告発する作品と受け止め、スターソフは女性を「馬車の上のココット」、画家で批評家のムラシコは「高価な椿」と呼んだ。ロシア語版ウィキペディアによれば、クラムスコイは手紙にも日記にもモデルの素性を書き残していない。所蔵館によれば、本作はかつてハリトネンコ家(P・I・ハリトネンコとV・A・ハリトネンコ)の収集にあり、1925年に外務人民委員部から館に入った。所蔵番号は5893。

意義

所蔵館によれば、19世紀ロシアの民主的な芸術にとって、美はなにより倫理の問題だった。クラムスコイは、美とは善か悪か、神からか悪魔からかを問い、1860〜70年代の倫理的な理想に育った画家にとって、外面の美は悪魔の誘惑であり続けた。美と善と真実をめぐる本作の解釈は、ドストエフスキーやトルストイらの思索につながり、同館は哲学者セルゲイ・ブルガーコフの「地上の美は、ジョコンダ(《モナ・リザ》)の微笑のように謎めいて不吉だ」という言葉を、本作の題辞にふさわしいとする。クラムスコイは象形文字の言葉が自分に最も近いと語っており、本作はまさにそうした意味の詰まった象形文字になったと同館は結ぶ。Bunkamura は2018年の展覧会で、本作を何度も来日しながら毎回待ち望まれる花形作品と紹介している。