《墓場の少女》
黒い十字架の並ぶ荒れた墓地を背に、白い肌着の若い女性が振り返り、大きく見開いた目で空を見上げる。口はわずかに開き、目には涙がにじむ。肩から滑り落ちた衣と、膝に置いた手が、張りつめた一瞬をとどめる。
概要
《墓場の少女》(仏: Jeune orpheline au cimetière)は、フランスの画家ウジェーヌ・ドラクロワが1824年に描いた油彩画である。縦65.5センチ、横55センチ。荒れた墓地を背に、おびえた目で空を見上げる若い女性を描く。同じ年の大作《キオス島の虐殺》とかかわりの深い作品で、ルーヴル美術館が所蔵する。
画面の読み解き
ja.wp によれば、背景は荒涼とした墓地で、黒い十字架や、一部が倒れた白い墓石、建物の残骸、左の地平線に並ぶ糸杉が見える。女性は座って右手を太ももに置き、画面の外の何かを、目を大きく見開いて見上げる。その視線は恐れに満ち、口はわずかに開き、右の目と頬には涙が光る。白い肌着は肩から滑り落ち、灰色の肩掛けがその上にかかる。モデルは画家が雇った物乞いの女性だった。ドラクロワは日記に、同じ女性の顔を《キオス島の虐殺》の左端の中ほどに、目を閉じた姿で描いたと記している。美術評論家エミール・ゼンネヴァルトは本作を「肉体を得た絵画」と呼び、見る者をとらえるのは若い女性のまなざしよりも、彼女が経験した苦痛そのものだと述べた。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。ja.wp によれば、正確な素描、背景からくっきり浮かぶ輪郭線、肌を描く繊細な筆づかい、衣を描く力強い筆の運びが、生き生きとした即興の効果を生んでいる。美術史家モーリス・セリュラスは、システィーナ礼拝堂天井画の人物や、ウフィツィ美術館の《聖家族》の聖母を思わせると述べた。ゴヤらスペイン絵画からの影響も指摘されている。
来歴
所蔵館によれば、1824年のサロンに「習作」の題で出品された(no. 451)。ドラクロワはのちに友人フレデリック・ルブロンに贈り、ゲバウアーのコレクションを経て、1904年に収集家エティエンヌ・モロー=ネラトンが買い取った。1906年に彼が館に寄贈し、1907年から1934年までは装飾美術館に展示されたのち、ルーヴルに戻った。所蔵番号は RF 1652。現在はシュリー翼2階の第950室に展示されている。
意義
ja.wp によれば、本作は長く《キオス島の虐殺》のための準備の習作の一つと考えられてきたが、今では独立した作品として評価されている。1822年にオスマン帝国軍がキオス島のギリシャ人を虐殺した事件を描く大作の文脈の中で見ることもできる。生身のモデルを用いた点で、当時の歴史画家たちの作品とは対照的だった。