《松林の朝》
朝の光が差し込む松林で、嵐に倒された大木の上を熊の親子が遊び回る。奥の窪地にはまだ冷たい薄紫の霧が立ちこめ、そびえる松の梢だけが日の光に染まっている。
概要
《松林の朝》(露: Утро в сосновом лесу)は、ロシアの風景画家イワン・シーシキンが1889年に描いた油彩画である。縦139センチ、横213センチのキャンバスで、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。館の登録では作者はシーシキンだけだが、森の風景をシーシキンが、倒木の上の熊の親子を友人の画家コンスタンチン・サヴィツキーが描いたことがわかっている。所蔵館は、シーシキンの作品のなかでも観客に最も愛された一点とする。
画面の読み解き
所蔵館によれば、画家は、人の手の入らない森の奥へ見る人を誘う。松の密林は自然の周期のままに育ち、朽ちていく。かつて嵐に根こそぎ倒された松の折れた幹の上で、母熊と3頭の子熊がくつろいでいる。2頭は斜めに傾いだ幹によじ登り、1頭は右の折れた倒木の上に後ろ足で立って森の奥を見やる。母熊は幹の下に立っている。松の梢は朝日の最初の光に染まるが、深い窪地にはまだ冷たい薄紫の霧が残り、その中に密に立つ幹がやわらかく浮かぶ。
技法・様式
所蔵館によれば、シーシキンの描き方の基礎は、注意深く正確な素描にある。その言葉で、枝を広げる松の力強さや、朝霧を背にした枯れ枝の模様の美しさを伝え、大きさや絵具の載せ方の違う筆を使い分けて、白い花や折れやすい草、地面を覆う苔を描き分けた。奥の木々は霧の中で色と輪郭を失い、空気遠近法によって森の深さが表される。所蔵館は、厳密に組まれた構図、非の打ちどころのない色の扱い、説得力のある描写がそろった、画家の最も成功した作品の一つとする。館のウェブマガジン『ラヴルス』(エレーナ・エフストラトワ、2024年)によれば、多くの鉛筆の下描きが残り、熊はシーシキンの下描きをもとにサヴィツキーが描いた。
来歴
所蔵館によれば、左下に「И. Шишкинъ 1889」の署名と年記があり、その下に「К. Савицкiй」の署名も見えるが、筆で塗り消されている。本作は1889年、移動派の第17回展に出品され、パーヴェル・トレチャコフが風景画としては高額の4000ルーブルで買い取った。サヴィツキーはその年の3月の家族への手紙で、自分も「まったく不在ではない」と書き、熊の一家は自分が、森の風景はシーシキンが描いたと伝えている。代金の4分の1を受け取った彼は、二人で「熊を仕留めて毛皮を分けた」とおどけた。展覧会の目録でもトレチャコフのもとでも作者はシーシキンだけとされたため、サヴィツキーが自ら署名を消したのかもしれない。所蔵番号841。
意義
所蔵館によれば、熊が画面の中央を占めているものの、本当の主役は手つかずの森の風景である。図版が大量に出回った人気が、かえって作品を真剣に受け止める目を弱め、題材の面白さの陰で、自然の力に向けた画家の率直な関心が見過ごされてきたと同館は指摘する。『ラヴルス』によれば、本作はモスクワの製菓会社アイネムの名高いチョコレート菓子の包み紙の図柄にも選ばれ、広く知られるようになった。