
《自画像》(1670年頃、アムステルダム国立美術館)
Wikimedia Commons / アムステルダム国立美術館 / Public domain- 生没年
- 1626–1679年
- 国籍
- ネーデルラント連邦共和国
- 様式
- オランダ黄金時代の風俗画
ヤン・ステーン
1625年か1626年にライデンで生まれ、1679年に同地で没したオランダの画家。にぎやかな家族や宴の情景に、諺や寓意画集に由来する教訓を込めた風俗画で知られる。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アートによれば、ライデンで醸造業と穀物商を営む家に生まれた。1646年に20歳ほどでライデン大学に入学し、1648年には新設されたライデンの聖ルカ組合の創立会員として記録される。画家伝の著者ハウブラーケンによれば、ハーグで風景画家ヤン・ファン・ホーイェンに学んだ。1649年にはファン・ホーイェンの娘マルガレータと結婚する。1654年から1657年には父がデルフトの醸造所「蛇」を借りて与え、おそらくデルフトに住んだ。1656年から1660年はライデン近郊のワルモントに暮らした。1661年にハールレムに移って同地の組合に入り、妻の死の翌年の1670年に父の家を継いでライデンに戻る。1672年に宿屋の営業許可を得、1673年に再婚した。1674年にはライデンの組合長に選ばれ、1679年2月3日にライデンで没した。
様式
同館によれば、ワルモント時代の作品には静物の細部と仕上げの精緻さが増し、ライデンの「精密画家」との交わりがうかがえる。ハールレムでの9年間に、家族の団欒やにぎやかな宴を描いた風俗画の大作を多く手がけ、そこに諺や寓意画集に由来する教訓を込めた。同時代の文学、民衆の芝居やコメディア・デラルテを巧みに用い、1660年代と70年代には歴史画や宗教画も描いた。生涯カトリックだった。
代表作
《聖ニコラウスのお祭り》(1665〜68年頃、アムステルダム国立美術館)が知られる。同館は画家自身を描いた《自画像》(1670年頃)も所蔵する。
影響
同館によれば、宿屋の許可を得たことが大酒飲みという伝統的な評判を生んだが、生涯の記録にそれを裏づけるものはない。乱れた場面に自分の姿を描き込んだのは、実際の行いよりもその諧謔を示すものとされる。弟子の記録はないが、リヒャルト・ブラーケンブルフら何人もの画家がその画風をまねた。