《ミソロンギの廃墟に立つギリシア》
血に染まった瓦礫の石に、白い衣と濃い青の上着をまとったギリシアの若い女が膝をつき、両腕を力なく広げる。石の下からは死者の腕がのぞき、背後の闇ではターバンのトルコ兵が勝利の旗を立てている。
概要
《ミソロンギの廃墟に立つギリシア》(仏: La Grèce sur les ruines de Missolonghi)は、フランスの画家ウジェーヌ・ドラクロワが1826年に描いた油彩画である。縦213センチ、横142センチのキャンバスで、ボルドー美術館が所蔵する。トルコからの独立を求めたギリシアの戦いを、同時代の出来事として描いた寓意画で、館を代表する作品の一つである。
画面の読み解き
ボルドー美術館の解説によれば、ギリシアは、伝統的な民族衣装をまとった若い女の姿で表される。彼女は血に染まった廃墟の上に立ち、瓦礫の間からは、死者の腕がまだかかったままの大砲がのぞく。低い壁の上に置かれた切り落とされた首と、支配のしるしに旗を立てるトルコ人は、ギリシアの人々の絶望を象徴する。女は頭に布を巻き、胸のはだけた白い衣に金の縁取りの濃い青の上着と黄色の帯を重ね、大きな石に膝をついて、手のひらを見せるように両腕を広げる。右下では石の下から死者の腕がのぞき、右奥ではターバンを巻いた兵士が旗竿を掲げる。背後の空は暗く沈む。人物を画面の中央に大きく置いた縦長の構図が、女の姿を記念碑のように見せている。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。左下に「EUG. DELACROIX 1826」の署名と年記がある。館によれば、作家ヴィクトル・ユゴーは本作の前に立ち、画家の「誇らかで大きな筆」をたたえた。手前の瓦礫には、勢いのある筆の運びと、したたる絵具の跡が見て取れる。額を含めた大きさは縦238センチ、横170センチに及ぶ。
来歴
館によれば、本作は描かれた1826年のうちに、パリのルブラン画廊で、ギリシアの大義を支援する展覧会に出品された。館の解説「ドラクロワとボルドー」によれば、1851年に創設されたボルドーの美術愛好家協会の第1回サロンに出品され、その栄光の一つとなった。ボルドー市は館の学芸員ピエール・ラクール(子)の勧めで、1852年2月2日の市議会の議決により2,500フランで本作を購入した。ドラクロワは幼年期をボルドーで過ごしており、3月31日付の市長への礼状で、この町を生まれ故郷のように思うと記した。所蔵番号はBx E 439。2026年11月30日まで、ギリシアのミソロンギの博物館に貸し出されている。
意義
館によれば、1821年から1830年にかけてのギリシア独立戦争は、シャトーブリアンやバイロンなど、ヨーロッパの知識人の一部を動かした。ユゴーも1826年の詩集『東方詩集』で、燃えるミソロンギが我々を呼んでいると歌った。ドラクロワはギリシアとその蜂起に、心を捉える現代の主題を見いだした。本作は、1830年の最も名高い作品《民衆を導く自由の女神》を予告するものとされる。