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《キリストの鞭打ち》

Flagellazione
《キリストの鞭打ち》ピエロ・デラ・フランチェスカ
Wikimedia Commons / マルケ国立美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ピエロ・デラ・フランチェスカ
制作年
1459–1460年
素材
板 / テンペラ
寸法
67.5 × 91 cm
所蔵
マルケ国立美術館 (カトリック教会の所有(ウルビーノ大聖堂の聖具室から))
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白い柱廊の奥で、柱に縛られたキリストが鞭打たれ、玉座のピラトがそれを見ている。手前の右では、明るい広場に立つ三人の男が、その出来事に背を向けるようにして静かに向き合う。

概要

《キリストの鞭打ち》(伊: Flagellazione)は、イタリアの画家ピエロ・デラ・フランチェスカが1459年から1460年ごろに描いたテンペラ画である。縦67.5センチ、横91センチの板絵で、ウルビーノのマルケ国立美術館が所蔵する。館は本作を「史上最も謎めいた作品の一つ」とし、その意味はいまも解き明かされていない。

画面の読み解き

画面は二つに分かれる。左奥の、貴重な大理石で覆われた柱廊では、柱に縛られたキリストが二人の男に鞭打たれ、左端の玉座にはピラトが座る。柱の上には金の像が立ち、背を向けた白衣にターバンの男がその場を見守る。右の手前には、明るい広場に三人の男が立つ。文化省の紹介サイト「マルケ国立美術館の名品」によれば、この二つの場面は互いに切り離せず、遠近法の構成によって一つにまとめられている。三人の正体はいまも謎に包まれる。右の男がモンテフェルトロ家の紋章の色である青と金をまとうことから、中央の金髪の若者を、1444年の陰謀で殺されたフェデリーコの異母兄オッダントーニオとし、両脇をその悪い助言者とみる説がある。東方風の帽子をかぶった左の男を、ウルビーノの宮廷と関わりのあった枢機卿ベッサリオンとみる研究者もいる。

技法・様式

板にテンペラで描かれる。館の作品頁によれば、レオン・バッティスタ・アルベルティの科学的な遠近法の原理に従い、ウルビーノ公の宮殿を思わせる古典的な装飾の建築を描いて、精密な空間表現と真上から差す光を組み合わせている。同サイトは、ピエロの厳密な空間の区切り方が、遠近法の法則の定める比例の均衡にかなうとし、イタリア文化省の目録も、遠近法の「箱」の組み立てにピエロの高い数学の力が表れ、色彩と、永遠の真昼のような光がそれを際立たせるとする。ピラトの台座には「OPUS PETRI DE BURGO S(an)C(t)I SEPULCRI(ボルゴ・サン・セポルクロのピエロの作)」の署名がある。

来歴

同サイトによれば、本作はおそらくフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの注文による。18世紀の文書では、ウルビーノの大聖堂の聖具室にあったとされるが、それより古い記録はない。同サイトは19世紀末から、文化省の目録は1915年に、大聖堂の聖具室から館に入ったとする。目録によれば、所有者はいまもカトリック教会である。1898年、1930年、1954年、1969年に修復を受けた。1975年に盗まれたが、翌年スイスで無傷のまま見つかった。所蔵番号はDE 229。

意義

館によれば、1951年のケネス・クラークの研究以降、本作をオスマン帝国の進出のもとで苦しむ教会への瞑想とし、1459年から1461年に唱えられた十字軍に結びつける見方が広まった。目録も、1459年のマントヴァ会議と関連づけ、トルコの脅威のもとにある教会の苦難を象徴するとみる説を最も有力とする。カルロ・ギンズブルグらは、そこにモンテフェルトロ家の私的な悲劇を重ねる読みも示している。柱廊の下のターバンの男を、1453年のコンスタンティノープル陥落への言及とみる説もある。