《ウルビーノ公夫妻像》
二枚の板に、向かい合う横顔の夫妻が描かれる。左の妻バッティスタ・スフォルツァは真珠と宝石で髪を飾り、肌は青白い。右の夫フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロは赤い帽子と衣をまとう。背後には丘陵と湖が遠くまで続く。
概要
《ウルビーノ公夫妻像》(伊: I duchi di Urbino Federico da Montefeltro e Battista Sforza)は、イタリアの画家ピエロ・デラ・フランチェスカが1473年から1475年ごろに描いた、2枚1組の油彩の板絵である。各板は縦47センチ、横33センチで、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する。所蔵館はこれを、イタリア・ルネサンスで最も名高い肖像画の一つとする。
画面の読み解き
所蔵館によれば、描かれているのはウルビーノの君主フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(1422〜1482年)と、その妻バッティスタ・スフォルツァ(1446〜1472年)である。古代の硬貨の図柄にならった15世紀の伝統に従い、二人は横顔で表される。この角度は、よく似せて顔の細部を忠実に描きながら、感情をあらわにしない。左の妻は、高く広い額の上で、白い布と真珠、宝石で金髪を編み上げ、首に真珠の首飾りをかける。右の夫は赤い帽子と赤い衣で、鼻筋のくぼんだ横顔を見せる。二人は向かい合い、光と背後に続く丘陵の風景が、二枚を一つの空間に結ぶ。風景は夫妻が治めたマルケ地方で、湖には小舟が浮かぶ。所蔵館は、日に焼けた夫の肌と青白い妻の肌の対比を指摘し、その青白さは当時の美の約束事に沿うだけでなく、1472年の早すぎる死をほのめかすのかもしれないとする。
技法・様式
板に油彩で描かれる。所蔵館によれば、画家はフィレンツェで学んだ厳密な遠近法と、フランドル絵画に特有の、レンズで見たように細やかな自然の描き方とを結びつけ、比類のない独創に達した。夫の顔には小さなほくろやしわまでが描かれ、妻の真珠や髪飾りの宝石は一粒ずつ光を返す。裏面には、古代風の車に乗って凱旋する夫妻が、キリスト教の徳の擬人像を伴って描かれ、下のラテン語の銘が二人の徳を称える。夫の車は白い馬が、妻の車は一角獣が引いている。
来歴
所蔵館によれば、両面に絵があることから、今は近代の額に並べて収められた二枚は、もとは二連画だったと考えられる。イタリア語版ウィキペディアによれば、ウルビーノの公爵宮殿に飾られたのちデッラ・ローヴェレ家に伝わり、1631年、一族の最後の継承者ヴィットリア・デッラ・ローヴェレの財産とともにフィレンツェへ移ったとされる。ウフィツィ美術館も、のちにトスカーナ大公妃となるヴィットリアが、一族の美術品をフィレンツェへ移す仲立ちをしたと記す。制作の年は、所蔵館が1473〜1475年ごろとするのに対し、イタリアの百科事典トレッカーニは1465年とする。所蔵番号は1890年目録の1615番と3342番で、館のA25室に展示されている。
意義
所蔵館によれば、本作はピエロの最も名高い作品の一つで、画家とモンテフェルトロ家の結びつきを示す。画家はその宮廷にたびたび滞在し、教養にあふれ洗練された宮廷は、まもなくイタリアで最も重要な文化と美術の中心の一つになった。トレッカーニによれば、ピエロは1460年以後ウルビーノの宮廷と深く結びつき、遠近法の論考『絵画の遠近法について』をフェデリーコに献じている。