《1901年5月7日の国家評議会創設百周年記念式典》
白い円柱に囲まれた円形の広間で、赤い布を掛けた机を囲んで、勲章を付けた礼装の高官たちが座る。奥の中央には皇帝ニコライ2世が着席し、その背後の壁には皇帝の全身の肖像画が掛かっている。
概要
《1901年5月7日の国家評議会創設百周年記念式典》(露: Торжественное заседание Государственного совета 7 мая 1901 года, в день столетнего юбилея со дня его учреждения)は、ロシアの画家イリヤ・レーピンが1903年に完成させた油彩画である。縦400センチ、横877センチの巨大なキャンバスに、ロシア帝国の国家評議会の記念の会議を描いた政府注文の集団肖像画で、サンクトペテルブルクのロシア美術館が所蔵する。
画面の読み解き
館の図録(2015年)によれば、アレクサンドル1世が創設した国家評議会の全評議員が、マリインスキー宮殿の円形の広間に集まっている。中央には皇帝ニコライ2世と、国の要職にある皇族が座る。皇帝の右は弟で当時の皇位継承者ミハイル大公、左はアレクサンドル2世の弟ミハイル・ニコラエヴィチ大公である。近くには大臣委員会議長ドゥルノヴォ、外相ラムスドルフ、宗務院総長ポベドノスツェフらがいる。描かれた評議員は81人にのぼり、蔵相ヴィッテや地理学者セミョーノフ=チャン=シャンスキーの姿もある。館によれば、場面は皇帝の勅書が読み上げられる厳かな瞬間で、意味の線は、着座した皇帝と、その上に掲げられた皇帝自身の全身像に集まる。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。館の研究者イリーナ・シュヴァロワ(2003年)によれば、会議の当日、レーピンは広間の奥の円柱のそばに画架を立て、遠近の線をあらかじめ引いた画布に、選んだ視点から一気に下絵を描いた。館によれば、難しかったのは円卓を囲む円堂の全景をまとめることと、出席者の一人ひとりを見分けられるように描くという条件だった。レーピンは複数の視点から見た広間を一つの空間に組み合わせ、画面の大きさを2倍にするよう注文主を説得した。会議への出席と写真機の使用も許された。
来歴
館によれば、本作は創設百周年に合わせた政府の注文で、マリインスキー宮殿の国家評議会の白い円柱の議場に掛けるためのものだった。レーピンは1901年4月に正式な注文を受け、秋までに構図を決めた。1938年、レニングラードの革命博物館から館に移った。所蔵番号はЖ-4088で、ミハイロフスキー宮殿の第54室に展示されている。
意義
館によれば、制作には弟子のボリス・クストージエフとイワン・クリコフが加わり、クストージエフが左側を、クリコフが右側を受け持って、レーピン自身は中央を描いた。それでも画家イーゴリ・グラバーリは、主はあくまで巨匠で、弟子たちは従順な手にすぎなかったと記している。会議中の下絵や評議員の習作の肖像は、レーピンの肖像画の最高の到達点に数えられ、その名人芸は同時代の人々にフランス・ハルスを思わせた。館は本作を、時代最大の美術作品であると同時に、その時代の歴史の記録となったと評する。