《黒の正方形》
ほぼ正方形の白い地の中ほどに、大きな黒い四角が置かれる。黒い面には細かなひび割れが網の目のように走り、筋のあいだから下の層の明るい色がのぞく。まわりの白い余白にも、ひびと汚れが見える。
概要
《黒の正方形》(露: Черный супрематический квадрат)は、ロシアの画家カジミール・マレーヴィチが1915年に描いた油彩画である。縦横とも79.5センチのキャンバスで、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。所蔵館によれば、1915年12月にペトログラードで開かれた「最後の未来派展『0,10』」で発表され、画家が考え出した新しい流れ、シュプレマティスムの宣言となった。
画面の読み解き
ほぼ正方形の画面の中ほどに、大きな黒い四角が置かれ、上下左右に幅のそろった白い余白が残る。黒い面には全体に細かなひび割れが網の目のように走り、筋のあいだから下の層の明るい色がのぞく。ひびは上半分と右寄りに多く、左下には比較的なめらかな部分も残る。白い地もくすみ、ひびと汚れが見える。所蔵館によれば、展覧会のカタログでの最初の題は「四角形」だった。この四角は角が厳密な直角ではなく、純粋な幾何学から見ればたしかに「四角形」である。それは画家の不注意ではなく、動きのある形をつくろうとする意図によるものだったという。「0,10」展には14人の前衛の画家が参加し、マレーヴィチは39点を出品した。本作は、ロシアの家でイコンを掛ける部屋の上の隅に、イコンのように掛けられた。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。所蔵館によれば、2015年に館が本作を総合的に調べたところ、絵具の層の下から、多くの形を組み合わせた幾何学的な構成が二つ見つかった。黒の正方形は、その上に描かれていたのである。シュプレマティスムの理論は、正方形を、物の形を描かない抽象絵画の考え方の基礎とみなすことにもとづいていた。画家はこの黒い正方形を「形のゼロ」「新しい芸術の顔」「芸術における純粋な創造の第一歩」などと呼び、「白い地の上の黒い正方形は、対象の不在を表す最初の形である」と述べた。白は果てのない空間のたとえで、スペクトルのすべての色を含む色として、黒は色を吸い込む「色でないもの」として選ばれた。画家は「シュプレマティスムで最も大切なのは、二つの基礎、黒と白のエネルギーだ」と書いている。
来歴
所蔵館によれば、本作は1929年に絵画文化美術館から館に入った。所蔵番号は11925である。画家はのちに自ら繰り返しの作を描いた。2点目は1924年の春に第14回ヴェネツィア・ビエンナーレのために、3点目は1929年にトレチャコフ美術館での個展のために、4点目は1930年代の初めに描かれた。後の作は1915年の作とは大きさも縦横の比も違い、画家は正確に写し直すことを目指してはいなかった。弟子で友人のイヴァン・クリュンの回想によれば、重い病で死を前にしたマレーヴィチは、館長のクリスティに、館にあるもののうち最もよい作品は自分の《黒の正方形》だと伝えるよう頼んだという。
意義
所蔵館によれば、黒い正方形はシュプレマティスムの基本の形として掲げられ、その目じるしになった。画家の弟子と後継者の集まり「ウノヴィス」の人々は、黒い正方形を袖や上着の襟に縫いつけ、画家自身も晩年の作品に署名の代わりにそれを描いた。1935年の葬儀では、棺の枕もとの壁に本作が掛けられ、棺のふた、霊柩車の前、レニングラードからモスクワへ棺を運んだ車両にも黒い正方形が描かれた。墓には弟子のニコライ・スエチンが、黒い正方形をつけた白い立方体の碑を建てた。