《ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴》
- 作者
- レンブラント・ファン・レイン
- 制作年
- 1654年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 142 × 142 cm
- 所蔵
- ルーヴル美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
暗い室内で、裸のバテシバが白い布を掛けた台に腰掛け、右手に手紙を持ったまま目を伏せて物思いに沈む。左下では年老いた侍女がひざまずき、その足を拭う。背後には金色の錦の布が掛かる。
概要
《ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴》は、オランダの画家レンブラント・ファン・レインが1654年に描いた油彩画で、パリのルーヴル美術館が所蔵する。館の記録では、キャンバスに油彩で、縦横ともに1.42メートルの正方形の画面。所蔵番号はMI 957で、左下に「Rembrandt ft 1654」の署名と年記がある(後に手が入った可能性がある)。リシュリュー翼2階の844室「レンブラントをめぐって」に展示されている。館は、レンブラントがここで単なる風俗画や裸婦の習作を超え、歴史画の精神にしっかりととどまっているとする。
画面の読み解き
館によれば、主題は旧約聖書の「サムエル記下」11章4節に取られている。王ダビデは宮殿から、自らの将軍ウリヤの妻バテシバが水浴びをしているのを見て、使いを送って彼女を呼び寄せる。そのためバテシバに渡された手紙が重要な意味を持ち、17世紀の北方の画家たちが好んだこの主題の新しい図像の要となった。画面では、暗い室内で、白い布を掛けた台に裸のバテシバが腰掛け、右手に手紙を持ったまま、目を伏せて物思いに沈む。髪には真珠の飾りを編み込み、首には赤い紐の首飾りと黒い首飾り、腕には金の腕輪をはめる。左下では、頭に布を巻いた年老いた侍女がひざまずき、バテシバの左足を布で拭う。背後には金色の錦の布が掛かる。館は、画面にダビデが逆説的に描かれていないことで、見る者の注意がバテシバに効果的に集まるとしている。
技法・様式
館によれば、X線写真には大きな描き直し(ペンティメント)が見られ、バテシバの頭ははじめは今よりも傾いていなかった。バテシバのモデルは、画家の伴侶ヘンドリッキエ・ストッフェルスがつとめたとしばしば考えられている。手紙を軸にこの主題を描いた北方の画家として、館はピーテル・パウル・ルーベンス、ヤン・リーフェンス、ヤン・ファン・ブロンクホルスト、レンブラントの弟子ウィレム・ドロステを挙げる。
来歴
館の来歴によれば、本作はロンドンの収集家ウィリアム・ヤング・オトリーが所有し、1811年のクリスティーズの売り立てでは売れず、1837年の彼の没後の売り立てに出た。その後ロンドンの画商ピーコック、パリのジョゼフ・メゾン伯、ポール・ペリエを経て、1843年の売り立てには「水浴のスザンナ」の題で出た。ペリエの弟カジミールから、おそらく1848年に医師で収集家のルイ・ラ・カーズが直接買い取り、1861年には彼の所有と記録される。1865年頃の目録には「レンブラントの最も重要な作品の一つ」とある。1869年にラ・カーズの遺贈で館に入った。
意義
館によれば、美術史家ジャン・カイユーは、バテシバが受け取ったのは、ダビデがわざと戦地へ送った夫ウリヤの死を知らせる手紙で、彼女は夫を裏切ったことを悔いているのだと解釈したが、館はこれを、聖書に二通目の便りはなく、バテシバの水浴という図像の伝統にもそぐわない大胆すぎる説としている。2014年から2015年には、ロンドン・ナショナル・ギャラリーとアムステルダム国立美術館の「後期のレンブラント」展に出品された。