《ムーラン・ルージュにて》
パリのキャバレー「ムーラン・ルージュ」の一角で、男女がテーブルを囲んでいる。奥では踊り子が鏡の前で髪を整え、右端では強い光を受けた女の顔が青緑色に浮かぶ。手前を太い手すりが斜めに横切る。
概要
《ムーラン・ルージュにて》(仏: Au Moulin Rouge、英: At the Moulin Rouge)は、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックが1892年から1895年にかけて描いた油彩画である。縦123センチ、横141センチ。シカゴ美術館が所蔵する。1889年にパリのモンマルトルで開いたキャバレー、ムーラン・ルージュの客席を舞台に、画家の周りにいた踊り子や歌手、友人たちを描いた群像で、ポスト印象派の時代のパリの夜を伝える作品である。ロートレックはこの店に専用の席をもつほどの常連で、同じくシカゴ美術館にある《フェルナンド・サーカスにて》(1887〜1888年)は、店の経営者が玄関ホールの飾りとして買い取ったものである。
画面の読み解き
画面の左下から中央へ、太い木の手すりが斜めに横切り、見る者はその手前から客席をのぞき込む形になる。手すりの向こうの白いテーブルには水差しとグラスが置かれ、男女がそれを囲む。所蔵館によれば、座っているのは踊り子のラ・マカローナとジャンヌ・アヴリル、写真家ポール・セスコー、詩人エドゥアール・デュジャルダン、ワイン商モーリス・ギベールである。手前で背を向けた女性は、赤い髪を高く結い上げ、毛皮の襟巻きを肩にかけている。奥の鏡の前では、踊り子ラ・グーリュが両手を上げて髪を整え、その隣に黒い服の女性が腰に手を当てて立つ。その左を、背の高い男と小柄な男が連れ立って歩いていく。小柄な男は画家自身、背の高い男はいとこの医師ガブリエル・タピエ・ド・セレイランである。右端では、歌手のメイ・ミルトンが体の半分を画面の外に置いてこちらを向き、強い光を受けた顔は青緑色に染まって、唇の赤だけが浮かび上がる。左下の隅には、画家のモノグラムの印が押されている。
技法・様式
画面を斜めに断ち切る手すりと、縁で半ば切れたメイ・ミルトンの顔は、人物を枠の端で大胆に切り取る構図である。エドガー・ドガがカフェや劇場の絵で試みた見方を、ロートレックはさらに押し進めた。浮世絵に学んだジャポニスムの時代の構図感覚がここにも表れている。所蔵館は、ムーラン・ルージュが電気照明を備える店として設計されていたことに触れ、ロートレックが人工の光のぎらつきがもたらす効果を楽しんだと解説する。緑と黄土色を主にした暗い色調の中で、テーブルの白い布、女性の赤い髪、メイ・ミルトンの顔だけが光を受けて際立つ。
来歴
1894年7月、パリのル・バルク・ド・ブットヴィル画廊で開かれた第7回「印象派・象徴派の画家」展に、「ムーラン・ルージュの一隅」の題で出品された。画家の没後、遺産の管理にあたった友人の画商モーリス・ジョワイヤンの手にあり、のちに画商マンジへ売られる。1926年にはパリのジャン・ラロッシュが所有し、画商ポール・ローゼンベール、ロンドンのリード・アンド・ルフェーヴル画廊を経て、1928年にシカゴの収集家フレデリック・クレイ・バートレットが入手した。同年、妻の名を冠した「ヘレン・バーチ・バートレット記念コレクション」の一点としてシカゴ美術館に寄贈される。所蔵番号1928.610。
意義
ムーラン・ルージュは、ロートレックが1891年に最初のポスターを描いた店でもある。本作は、ポスターで広く知られるようになった夜の世界を大きな油彩画に描き、そこに自分と仲間たちの姿を描き込んだ集団の肖像で、画家の代表作とされる。華やかな場を描きながら、客たちはほとんど笑っておらず、右端の顔は仮面のようにこわばって見える。19世紀末のパリの歓楽を、にぎわいとともに、人工の光の下の冷ややかな空気まで伝える作品である。