
オルガ・ボズナンスカ《自画像》1898年、クラクフ国立美術館
Wikimedia Commons / クラクフ国立美術館 / Public domain- 生没年
- 1865–1940年
- 国籍
- ポーランド
- 様式
- 象徴主義
オルガ・ボズナンスカ
1865年にクラクフで生まれ、1940年にパリで没したポーランドの画家。ミュンヘンで学び、1898年からはパリに住んだ。銀灰色を中心とする抑えた色調で、モデルの内面を映すような肖像画を数多く描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
ポーランド文化の事典「ポルタ・ポロニカ」によれば、1865年4月15日、クラクフで鉄道技師の父アダム・ボズナンスキと母エウゲニアのもとに生まれた。母から最初の絵の手ほどきを受け、クラクフの女子のための高等講座で学んだのち、1886年10月にミュンヘンへ移る。カール・クリヘルドルフ、ついでヴィルヘルム・デュル(子)の私塾で学び、1889年からは自分のアトリエを構えた。1898年秋にパリへ移り、以後そこを拠点とする。1898年にポーランド美術家協会「シュトゥカ」の会員となり、1913年にはその会長を務めた。1904年からはパリの国民美術協会の会員で、1912年にはフランスのレジオン・ドヌール勲章を受けた。1940年10月26日、パリで没した。
様式の変遷
同事典によれば、作品の中心は肖像画で、同時代の画家や作家のほか、ヨーロッパやアメリカからの注文にも応えた。自画像や静物、室内画、風景も描いている。肖像の構図ではディエゴ・ベラスケスやヴィルヘルム・ライプル、ミュンヘン派の画家たちに学んだ。はじめは茶色の調子で描いたが、1890年ごろからジェームズ・マクニール・ホイッスラーの影響で冷たい銀灰色を好むようになり、1893年からはほとんど厚紙に描いた。モデルの多くは、柔らかな光に満ちたアトリエを背にポーズをとっている。
代表作
《画家パウル・ナウエンの肖像》(1893年)、《菊を抱く少女》(1894年、クラクフ国立美術館)が知られる。
影響
同事典によれば、ミュンヘン分離派やパリの国民美術協会展、ヴェネツィア・ビエンナーレなどに出品を重ね、作品はポーランド各地の国立美術館のほか、パリの美術館にも収められている。クラクフ国立美術館は、2014年から2015年にかけてワルシャワ国立美術館とともに大規模な回顧展を開いた。