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ユディト・レイステルの肖像

《自画像》(1630年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

Wikimedia Commons / ワシントン・ナショナル・ギャラリー / Public domain
生没年
1609–1660年
国籍
ネーデルラント連邦共和国
様式
オランダ黄金時代の風俗画
本DB収録 1 点

ユディト・レイステル

Judith Leyster

1609年にハールレムで生まれ、1660年にヘームステーデで没したオランダの画家。画家の組合で初めて親方の称号を得た女性で、生き生きとした筆づかいで日常の人々の表情を描いた。

略歴BIOGRAPHY

生涯

マウリッツハイス美術館の画家紹介によれば、ハールレム出身の17世紀の画家で、当時の数少ない女性画家のなかで最もよく知られる。画家の組合で初めて親方の称号を与えられた女性で、この称号によって自分の工房を構え、弟子をとり、作品を売ることができた。20歳ごろにはすでに腕の確かな画家として地元で知られていた。フランス・デ・フレッベルに学んだ可能性があるが、確かではない。1633年、ハールレムの聖ルカ組合に入り、約30人の会員のなかでただ一人の女性だった。1636年に画家ヤン・ミーンセ・モレナールと結婚し、5人の子のうち2人が成人した。同館の作品記録によれば、1660年にヘームステーデで没した。

様式

同館によれば、当時の女性画家の多くが静物画を描いたのに対し、レイステルは家庭の日常の生き生きとした情景を、ゆるやかで下描きのような筆づかいで描いた。流行の服を着た人々を社交の場で描き、背景は最小限にとどめて、人物の感情や仕草に焦点を当てた。難しいとされた自然な笑顔の表現にも秀でていた。その筆づかいはハールレムのフランス・ハルスに近く、作品がハルスのものと取り違えられたこともある。長く弟子と考えられてきたが、その証拠はない。レンブラントやユトレヒトのカラヴァッジョ派と同じく、1630年代に流行した劇的な光と強い明暗の対比も用いた。

代表作

《誘い》(1631年、マウリッツハイス美術館)が知られる。笑顔を見せる大きな《自画像》(1630年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)は、組合に提出した「親方作品」だったかもしれない。

影響

同館によれば、作品は数十点しか残らず、没後は忘れられたが、1893年に美術史家コルネリス・ホフステーデ・デ・フロートが7点の絵に組み文字を見いだして再発見した。今では1630年代のオランダで最も重要な画家の一人とされる。結婚後は夫の商売の収入が増えたこともあって描く量が減ったが、アムステルダム、ハールレム、ヘームステーデの建物を管理する実業家でもあった。

代表作MAJOR WORKS

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