
マソ《画家の家族》(ウィーン美術史美術館)
Wikimedia Commons / Public domain- 生没年
- 1611–1667年
- 国籍
- スペイン王国
- 様式
- スペイン・バロック絵画
フアン・バウティスタ・マルティネス・デル・マソ
1611年頃にクエンカで生まれ、1667年にマドリードで没したスペインの画家。ベラスケスの娘婿で弟子となり、師の没後は宮廷画家を継いで、肖像画や風景画を描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
プラド美術館の百科事典によれば、1611年頃、クエンカのベテタとみられる地に生まれた。1633年にディエゴ・ベラスケスの娘と結婚し、師との結びつきは家族のものとなった。師の庇護のもとで仕事を始め、とりわけ王太子バルタサール・カルロスと深く結びついて素描を教え、王太子に従ってサラゴサへ行き、その肖像を描いた。1657年にはイタリアに滞在し、ローマとナポリを訪れている。同館の作品解説によれば、1661年4月、ベラスケスの死で空いていた宮廷画家の職に就いた。1667年にマドリードで没した。
様式の変遷
百科事典によれば、肖像画ではベラスケスの流れにきわめて近く、ルーベンスやスネイデルスら北方の画家の神話画を数多く模写した。最も独創的なのは風景画で、この分野ではスペインの画家のなかで際立っていた。プラド美術館はマソの絵を32点持ち、そのうち18点は巨匠の模写、10点は景観図と風景画、3点が肖像画である。師の描き方を深く身につけていたため、師と弟子のどちらの作か決めがたい作品もある。
代表作
王太子の指示で描いた《サラゴサの眺め》(プラド美術館)、自身の家族を描いた《画家の家族》(ウィーン美術史美術館)、長くベラスケスの作とされた《マルガリータ・テレサ王女》(1665年頃、プラド美術館)がある。
影響
プラド美術館は、ベラスケスのそばで30年近く働いたマソがその様式をすっかり身につけて師の道を受け継ぎ、その作品がしばしば師の作と見なされてきたとする。ベラスケスの没後にその宮廷画家の職を継ぎ、スペイン・バロック絵画の宮廷の肖像を担った。