
肖像写真(1865年頃、鶏卵紙、フランス国立図書館)
Wikimedia Commons / フランス国立図書館 / Public domain- 生没年
- 1805–1873年
- 国籍
- ドイツ
- 様式
- アカデミックな宮廷肖像画
フランツ・ヴィンターハルター
1805年にドイツ南西部、黒い森のメンツェンシュヴァントで生まれ、1873年にフランクフルトで没した画家。1840年から1870年にかけて、ヨーロッパの王侯たちに最も好まれた肖像画家だった。
略歴BIOGRAPHY
生涯
コンピエーニュ城の所蔵絵画目録(ロール・シャバンヌ執筆)によれば、黒い森の小さな村メンツェンシュヴァントの貧しい家に生まれた。ミュンヘンで、フランスの肖像画家フランソワ・ジェラールに学んだヨーゼフ・カール・シュティーラーに師事し、1834年にイタリアへの研修旅行から戻るとバーデン宮廷の画家に任じられた。まもなくパリに移ってサロンに風俗画を出し、1837年には《デカメロン》で大きな評判を得て、ルイ=フィリップのオルレアン家の公式の画家となる。1842年から1860年代まで毎年数週間を英国で過ごし、王室のために100点を超える作品を描いた。第二帝政が始まるとナポレオン3世夫妻の公式の肖像を手がけ、1865年にはウィーンの宮廷にも招かれた。1870年の普仏戦争でドイツに戻り、3年後にフランクフルトで没した。
様式
同目録によれば、宮廷の正装の肖像は決まりごとの多い分野だったが、注文主の好みに合わせて構図を変え、新しくした。その肖像は、ヨーロッパのエリートが望んだ伝統と近代のあいだの自己像を映し、ヴァン・ダイク、ルーベンス、ティツィアーノへの参照を、当時の流行と感性に重ねている。
代表作
同目録によれば、皇后ウジェニーの最も好んだ画家で、その肖像は皇后の公的な像をかたちづくった。中でも《侍女に囲まれたウジェニー皇后》(1855年、コンピエーニュ城)は、ナポレオン3世の治世を最もよく思い出させる作品とされる。星形の髪飾りをつけたオーストリア皇后エリーザベトの肖像(1865年)も名高い。
影響
同目録によれば、第二帝政期のパリでは、各国の貴婦人がデザイナーのウォルトのもとで最新のドレスを買うように、ヴィンターハルターに肖像を頼みに訪れ、順番待ちの名簿ができた。1860年代末にはアレクサンドル・カバネルやカロリュス=デュランら若い画家が競い手となった。