
ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルフレッド・シスレー》(1868年、E. G. ビュールレ・コレクション財団)
Wikimedia Commons / E. G. ビュールレ・コレクション財団 / Public domain- 生没年
- 1839–1899年
- 国籍
- イギリス
- 様式
- 印象派
アルフレッド・シスレー
パリ生まれの印象派の画家。イギリス人の両親のもとに生まれ、生涯の大半をフランスで過ごしたが、フランス国籍は得なかった。セーヌ川沿いの村々の風景を、明るい色の軽やかな筆触で描いた。
略歴BIOGRAPHY
生涯
メトロポリタン美術館によれば、1839年、パリに移り住んだばかりのイギリス人の両親のもとに生まれた。父はパリで繊維の商いを営んで成功していた。シスレーは生涯のほとんどをフランスで過ごしたが、フランス国籍は得られなかった。ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、ときおりイギリスを訪れ、パリではグレールの画塾で学んで、印象派の仲間に加わった。1875年の初めにはパリの西のマルリー=ル=ロワに、1877年にはセーヴルに、1880年にはフォンテーヌブローの森とセーヌ川にはさまれたヴヌー=ナドンに家族とともに移り住んだ。1899年、モレ=シュル=ロワンで59歳で没した。
様式
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、主に風景を描き、その作風はカミーユ・ピサロやクロード・モネに近い。1860年代に仲間とともに戸外制作を育て、短く軽やかな筆触と明るい色で、川面の反射や空の光をとらえた。マルリー=ル=ロワでは、ルイ14世の離宮の名残の水飼い場を20点近い絵に描いている。メトロポリタン美術館によれば、1870年代から1880年代の初めには、新しく架けられた橋を近代の象徴として繰り返し描いた。
代表作
《ヴィルヌーヴ=ラ=ガレンヌの橋》(1872年、メトロポリタン美術館)、《マルリー=ル=ロワの水飼い場》(1875年)、《セーヴルの橋》、《春の小さな草地》(いずれもロンドン・ナショナル・ギャラリー)がある。
影響
ロンドン・ナショナル・ギャラリーによれば、1870年代は実り多い転機の時期だったが、商業的な成功にはほとんど恵まれず、その後も貧しさに苦しみ、喉の癌で世を去った。1880年にヴヌー=ナドンに移ってからは、制作に新たな希望を見いだしたという。