《レースを編む女》
- 作者
- ヨハネス・フェルメール
- 制作年
- 1669–1670年
- 素材
- キャンバス(板に貼付) / 油絵具
- 寸法
- 24 × 21 cm
- 所蔵
- ルーヴル美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
明るい灰色の壁を背に、黄色い上着の若い女性が身をかがめ、両手で糸巻きとピンを扱ってレースを編む。手前左の青いクッションからは、赤と白の糸がこぼれ出ている。
概要
《レースを編む女》は、オランダの画家ヨハネス・フェルメールが1669年から1670年頃に描いた油彩の風俗画で、パリのルーヴル美術館が所蔵する。館の記録では、板に貼ったカンヴァスに描かれ、縦24センチ、横21センチ、額を含めると縦68センチ、横62センチ。所蔵番号はMI 1448で、館のリシュリュー翼837室に展示されている。右上に「I Meer」の署名があり、初めの2文字は組み合わせ文字で書かれている。日本語版ウィキペディアによれば、フェルメールの作品のなかで最も小さい。
画面の読み解き
画面では、黄色い上着に白い大きな襟をつけた若い女性が、レース編みの台に身をかがめ、両手で糸巻きとピンを扱っている。髪は編んで頭に巻き、両脇を巻き毛にしている。背景は明るい灰色の壁だけで、ほかには何も描かれていない。館の解説によれば、仕事に打ちこむレース編みの女という図柄は、伝統的に家庭の美徳のしるしであり、宗教的な教訓の色合いを帯びている。右手前の本は、おそらく小型の聖書か祈祷書である。描かれているのは職業としてのレース編み職人ではなく、社会的地位の高い家の女性で、画家の妻だという証拠はない。館が Google Arts & Culture に寄せた解説も、女性が仕事着を着ていないことを指摘している。
技法・様式
館の解説によれば、左には裁縫道具を入れるクッションのような袋があり、そこから色のついた糸がこぼれ出ている。この糸は見事に描かれており、ほとんどぼやけて見えるほど近い視点が、その奥の部分の非常に精密な描写をいっそう引き立てている。光は右から差しこむが、これはフェルメールではかなり珍しい。日本語版ウィキペディアによれば、前景のにじんだような描写には、カメラ・オブスクラを使った影響が見られると考えられている。Google Arts & Culture の解説は、女性の集中した様子と、明るい灰色の背景に対する色の戯れが、本作をフェルメールの傑作の一つにしているとする。
来歴
館の記録によれば、本作はフェルメールの後援者で主要な収集家だったデルフトのピーテル・クラースゾーン・ファン・ライフェン(1674年没)の手にあり、その未亡人、娘マグダレーナとその夫ヤーコプ・ディシウスへと受け継がれた。1696年にアムステルダムで開かれたディシウスの遺品の売り立てに出たのち、アムステルダムやハーグの収集家や画商の手を経て、1819年にはネーデルラントの外務大臣だったファン・ナーヘル・ファン・アンプセン男爵が所有していた。その後ロッテルダムの収集家ディルク・フィス・ブロクハイゼンが持ち、1861年にはゴンクール兄弟が本作を賞賛した。ブロクハイゼンは収集をロッテルダム市に遺贈したが、市は1869年、相続人への補償を嫌って遺贈を断った。1870年4月にパリで彼の遺品の売り立てにかけられ、同年6月に館が画家で鑑定家のウジェーヌ・フェラルから購入した。
意義
館の解説によれば、ロッテルダムのボイマンス美術館にある18世紀末の素描は、この女性の姿を壁龕の中に置いて描いており、それはヤン・ストルケル(1724〜1785年)の水彩を写したものである。館は、ストルケルのこの創作をもとに本作がもとは大きな画面から切り詰められたと考えることを、はっきり退けている。館は本作を画家の制作のかなり遅い時期に位置づけている。日本語版ウィキペディアによれば、美術史家ローレンス・ゴウィングは、本作でフェルメールの技術がすでに完成の域に達しているとし、ほかに類例を想像しにくいほど完成された作品と評した。館の記録によれば、本作は2023年にアムステルダム国立美術館で開かれた「フェルメール」展にも出品された。