《若い牡牛》
- 作者
- パウルス・ポッテル
- 制作年
- 1647年
- 素材
- キャンバス / 油絵具
- 寸法
- 236.5 × 341 cm
- 所蔵
- マウリッツハイス美術館
- 時代
- バロック・ロココ
- 流派
- オランダ黄金時代の絵画
木の下に、赤茶と白のまだらの若い牡牛がこちらを向いて立つ。足もとには白い顔の牝牛が伏せ、羊の親子と巻いた角の牡羊が並ぶ。木に手を掛けた農夫が柵の陰からのぞき、右には牧草地が遠く広がる。
概要
《若い牡牛》は、オランダの画家パウルス・ポッテルが1647年に描いた油彩画で、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する。館の記録では縦236.5センチ、横341センチのキャンバスで、館の題は《牡牛》。館の所蔵品で最も大きな絵である。中ほど左の柵の横木に「Paulus. Potter. / f. 1647.」と署名と年記があり、画家はこの時22歳だった。所蔵番号は136で、館の第12室に展示されている。
画面の読み解き
館の解説によれば、牡牛はこちらを見つめ、地面に伏せた牝牛と立っている牡羊も見る者に目を向ける。子羊を連れた雌羊は乳を搾るための羊で、毛を刈られた羊には鋏の跡まで描き込まれている。破れた帽子とほつれた服の農夫は、オランダの子どもの読本に出てくる「テウン」のもとになった。地平の木立の上にはレイスウェイクの教会がのぞく。空を飛ぶヒバリや牡牛の背にとまるハエのような細部まで、念入りに描かれている。
技法・様式
館によれば、かつてはポッテルが実在の一頭の牛を描いたと考えられていた。しかし、首の垂れ皮と角からは2歳ほどに見えるのに、6本の永久歯は3〜4歳を示し、体の前と後ろでは見る角度もそろわない。画家はさまざまな動物の習作を組み合わせて、この牡牛を作り上げたと考えるほかない。伝記作者ホウブラーケンによれば、ポッテルは散歩にいつも写生帳を持ち歩いていた。技術調査では、はじめは牡牛だけの絵だったキャンバスを三方に継ぎ足し、ほかの動物や農夫、風景を加えたことがわかった。赤外線の調査では、後ろ脚の位置の変更や、牡牛の頭の下にあった柵、背景の風景の初めの姿など、多くのペンティメントも見つかっている。17世紀には、これほどの大画面は聖書や神話、王侯の主題に用いるのが普通で、ありふれた牛をこの大きさで描いたことはそれまでになかった。
来歴
館によれば、本作は18世紀の初めにハールレムのファブリシウス家が所蔵し、1749年8月19日に同地の競売で630ギルダーで落札された。買い手のアムステルダムのヤーコプ・レインストが、同じ年に総督ウィレム4世に贈った。ウィレム5世の所蔵だった1795年、フランス軍に接収されてパリへ運ばれ、ルーヴルでナポレオンが奪ったイタリア絵画とともに展示されて、その写実が称えられた。1815年に返還され、1822年にマウリッツハイスが美術館として開館した時から、ここで展示されている。
意義
館によれば、《真珠の耳飾りの少女》が加わる前の19世紀には、この絵が館いちばんの呼び物だった。初代館長は1826年の目録で、自然の模倣をこれ以上の高みにまで磨き上げることはできないと称えている。館は2024年から2025年にかけて、来館者がガラス越しに見守るなかで調査と修復を行い、変色したワニスと過去の修復の加筆を取り除いた。パリにあった時代に損傷を隠すために描き足された枝も、元に戻せる形で塗り隠され、牡牛の上の空が画家の意図どおりに広がった。館には、画家が亡くなった年にバルトロメウス・ファン・デル・ヘルストが描いた《パウルス・ポッテルの肖像》もあり、同じ第12室に展示されている。