《豆を食べる男》
麦わら帽子の男が卓に向かい、木のさじで白い豆をすくいながら、驚いたように目を上げてこちらを見る。卓上にはパン、ねぎ、野菜のパイ、ワインのグラスと縞模様の水差しが並ぶ。
概要
《豆を食べる男》(伊: Mangiafagioli)は、ボローニャの画家アンニーバレ・カラッチが1580年代に描いた油彩の風俗画である。縦57センチ、横68センチ。粗末な食事をとる男を間近に描き、ローマのコロンナ絵画館が所蔵する。館は本作を、所蔵品のなかでも最も名高い作品の一つとしている。
画面の読み解き
美術誌『アポロ』のキース・ミラーの記事(2024年)によれば、一人で食事をする男が眉を上げ、少し驚いたような、あるいは迷惑そうな顔でこちらを見上げる。食卓は一人分で、私たちは同席を求められていない。日に焼けた麦わら帽子に羽根を挿しているので猟師かもしれないが、卓上にあるのはパン、ワイン、ナイフ、春のねぎ、エミリア地方の青菜のパイ「エルバッツォーネ」、煮た白いんげん豆の椀だけで、肉や獲物は見当たらない。男は片手にさじを掲げ、もう片方の手でパンを握りしめている。題の「マンジャファジョーリ(豆食い)」は、今もトスカーナの人々を少し見下して呼ぶ言葉として使われるという。
技法・様式
キャンバスに油彩で描かれる。ミラーによれば、本作はカラッチが20代に描いた、農民や子ども、肉屋の店といった少数の作品の一つで、厚く盛った絵具を素早い筆致で置くヴェネツィア風の手法で描かれている。これらは、16世紀末の北イタリアの画家たちが同時代の庶民の暮らしを抑えた色調で描いた「パダーナの写実主義」の例とされる。日本語版ウィキペディアによれば、同じころの《肉屋の店》(オックスフォード、クライストチャーチ絵画館)と関わりが深く、ヴィンチェンツォ・カンピやバルトロメオ・パッサロッティの日常の描写からも影響を受けた。制作年は1583年から1585年ごろとする見方もある。
来歴
ミラーによれば、こうした初期の絵は注文によるものではなかったとみられるが、やがて貴族の収集家の目にとまった。本作は1679年にローマのパッラヴィチーニ家の収集にあり、その約1世紀後には、のちにコロンナ絵画館となる収集に入った。館によれば、現在は「マルティヌス5世の神格化の間」に展示されている。
意義
ミラーは、人が食べている姿が絵画に描かれることは意外に少なく、描かれるのはたいてい貧しい人だと指摘する。カラッチはまもなく、ラファエロやミケランジェロに倣う理想化の方向へ進んだ。20世紀半ばに研究者が初期の作品を見直し、日常の観察が後年の作にも生きていることを見いだした。館は、本作が3世紀ののち、ファン・ゴッホやドガら印象派の画家に影響を与えたといわれると紹介している。