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《戦争の結末》

Апофеоз войны
《戦争の結末》ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン
Wikimedia Commons / トレチャコフ美術館 / Public domain 拡大して見る ⌕
PLATE
作者
ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン
制作年
1871年
素材
キャンバス / 油絵具
寸法
127 × 197 cm
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日に焼けた黄土色の荒野に、白い頭蓋骨がピラミッドのように積み上げられている。山の上や周りにはカラスが群がり、空には黒い群れが舞う。奥には崩れた町の城壁が見え、立ち枯れた木々がまばらに残る。

概要

《戦争の結末》(露: Апофеоз войны、英: The Apotheosis of War)は、ロシアの画家ヴァシーリー・ヴェレシチャーギンが1871年に描いた油彩画である。縦127センチ、横197センチのキャンバスで、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵する。原題は「戦争の神格化」を意味する。画家が従軍した中央アジアの征服を描いた「トルキスタン連作」を結ぶ寓意画で、画家の作品の中で最もよく知られる。

画面の読み解き

日に焼けた黄土色の平原の中央に、白い頭蓋骨が積み上がって大きなピラミッドをなす。山の上と周りにはカラスが降り立ち、青い空にも黒い群れが舞う。山の右には長い影が落ち、手前の地面には転げ落ちた頭蓋骨がいくつか転がる。左右には葉の落ちた木が立ち枯れ、奥の地平には崩れた町の城壁が横たわる。人の姿はどこにもない。所蔵館によれば、画家はこの「ピラミッド」を、あらゆる戦争の行き着く先として描いた。カラスは黙示録の使者のように破壊と死の「記念碑」の上を舞い、背景の廃墟は、平和と人の営みがいかにもろいかを思い出させる。額の上には「戦争の神格化」、下には「過去、現在、未来のすべての偉大な征服者に捧ぐ」と記されている。

技法・様式

キャンバスに油彩で描かれる。歴史家ダーヴィッド・スヒメルペンニンク・ファン・デル・オイエの論文によれば、画家はミュンヘンで、トルキスタンの砂漠の強い光を再現するため、日の出から日の入りまでモデルに日が当たるよう、線路の上を回る特製の屋外アトリエを設けた。1873年までに35点の連作を描き上げている。雲一つない空、乾いた地面、白い骨が、強い日差しの下にくっきりと描き出される。

来歴

所蔵館によれば、本作は1869〜1870年の2度目のトルキスタン滞在ののち、1871年にミュンヘンで描かれた。画家は当初《ティムールの神格化》と題し、14世紀の征服者ティムールの残虐さだけを描くつもりだったが、のちに意味を広げて題を改め、額に献辞を加えた。同じ論文によれば、7点からなる連作「野蛮人」の結びの一枚として、1873年4月にロンドンの水晶宮で、翌年にサンクトペテルブルクで公開された。所蔵館によれば、1874年にパーヴェル・トレチャコフが画家から買い取った。所蔵番号は1992。

意義

所蔵館によれば、画家は1876年のモスクワでの個展の目録で、ティムールが征服した土地に敵の頭蓋骨のピラミッドを築いたことを記し、1857年にカシュガルで処刑されたドイツの旅行家シュラーギントヴァイトの首も、その一つの土台になったと書いた。論文によれば、題を改めたのは、普仏戦争が、戦争の残酷さは14世紀と同じく自分の時代のものでもあることを思い起こさせたからだという。所蔵館は、本作を画家の全作品の題辞とみなし、以後の画家の生涯はあらゆる戦争への抗議に捧げられたとする。1901年には、第1回ノーベル平和賞の候補に推す動きもあった。