
イワン・クラムスコイ《画家ヴァシーリー・ヴェレシチャーギンの肖像》(1883年、トレチャコフ美術館)
Wikimedia Commons / トレチャコフ美術館 / Public domain- 生没年
- 1842–1904年
- 国籍
- ロシア
- 様式
- 写実主義
ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン
ロシアの画家。中央アジアの征服や露土戦争に従軍し、戦場の現実を写実的に描いた。旅を重ねて各地の風俗も描き、日露戦争のさなか、旅順沖で乗艦が触雷して没した。
略歴BIOGRAPHY
生涯
歴史家スヒメルペンニンク・ファン・デル・オイエの論文によれば、1842年、ノヴゴロド県の地主の家に生まれ、首都の海軍兵学校で学んだが、卒業を前に海軍を捨てて美術アカデミーに進んだ。1864年にパリへ出て、ジャン=レオン・ジェロームに学ぶ。1867年、トルキスタン総督カウフマンに画家として雇われて中央アジアへ渡り、翌年のサマルカンド籠城戦での働きで聖ゲオルギー勲章を受けた。1871年からミュンヘンで「トルキスタン連作」を描き、1873年にロンドンの水晶宮、翌年にサンクトペテルブルクで公開して大きな評判を得た。続いてインドを2年かけて旅し、1877年からの露土戦争に従軍する。のちもパレスチナ、フィリピン、北アメリカ、日本を訪れた。1904年、日露戦争のさなか、旅順沖で乗っていた旗艦が機雷に触れて没した。
様式
同じ論文によれば、ジェロームの影響は技法にも主題にも表れ、劇的な光と色、細部まで正確な写実を受け継いだ。土地の風俗や建物を克明に写し、戦争を英雄的な場面ではなく、兵士の死や苦しみとして描いた。トレチャコフ美術館は、《戦争の結末》を画家の全作品の題辞とみなしている。
代表作
《戦争の結末》(1871年)、《致命傷》(1873年)を含むトルキスタン連作、露土戦争に取材した《敗者たち、追悼の祈り》(1878〜1879年)が知られる(いずれもトレチャコフ美術館)。
影響
論文によれば、1874年の展覧会を見た画家イワン・クラムスコイは、それを「カウフマンの勝利よりはるかに大きなロシアの征服」と書き、作曲家モデスト・ムソルグスキーは連作の《忘れられた者》に基づく歌曲を書いた。トレチャコフ美術館によれば、1901年には第1回ノーベル平和賞の候補に推す動きもあった。